介護のコラムを読む

介護日記・二人の父の雑記帳

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第153回 親子の立場(2006年12月26日)

イズさんが移った今度のホームは老健にいるのと違って何かと手が掛かります。
部屋の掃除、トイレ掃除、洗濯などをしながら、イズさんと色々話をしました。
以前、イズさんの自宅に通っていた頃も重い話をしましたが、今回も、イズさんの息子がいなかったお陰で?重い話をしました。
イズさんは実の子供達に言えない話をよくしてくれます。
本当は実の子供達に直接話した方が、どんなに良いか。
でも、実の子供達にはそういう話はしないのです。
多分、実の子供たちは、そういう話をまともに聞こうとしないからかもしれません。
親が考える子供達のこと、実の子供達が考える親のこと。

その両方の話を私は常に聞いていて、お互いが随分誤解をし合っていて、考え方がすれ違っていると感じています。
でも、かき混ぜないために、なるべくどちらの言い分も聞いているだけに留めています。
父親と息子達って、同性同士で難しいですね。
父親と娘、母親と息子、母親と娘なら、意思疎通が結構上手く行くものですが…。
イズさんもタクさんも妻が先に亡くなってしまったケースです。
父親が後に残ると確かに色々と難しいです。
息子達はいつも言っています。
「親父が後に残ると、ろくなことがない」と。
「母親だったら良かったのに」と。

私も父が残ってしまった時、「何で母でなく、父が残ってしまったの?!」と思いました。
けれど、長い年月と介護をしたことにより、その考えは一掃されました。
人にもよるかもしれませんが、父親が後に残ったことで、母親とは違うものを私は得ることができました。
男系家族の中にいて、私はイズさんの息子の、時には母親代わりであり、イズさんにとっては、時には妻代わりになっているとよく感じます。
でも、私の母親代わりの人は誰もいないし、私は母親代わりをどこにも求める事もありません。
女性の方がいざという時は強いと我ながら感じます。

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