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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第32回】変化。 その2

なんでも言ってみるもんだがね!

外出が許可されるようになってから2カ月ほど経った頃、今度は遂に外泊が許されることになりました。

事前に電話で主治医からその意向を聞いた私は、両親には内緒のままにしておきました。当日の母の心身の状況によっては、急きょ外泊中止ということも十分にあり得る話ですし、そうなったとき、ガッカリした勢いで再び不調になられても困るからです。

幸い、その心配は杞憂に終わりました。逆に、自主的に歩行訓練を繰り返し、病院内での移動だけなら車いすなしでもできるほどに回復したぐらいです。

そして迎えた外泊当日。いつもの面会のときと同様、母の病室で嬉しそうに外出の準備をする両親に対して、医師から「実は……」と外泊の許可が出たとき、2人とも突然のことにキョトンとした表情を浮かべるのみ。

「母さん、良かったね。今日は家に行って泊まることができるよ」と、私が声をかけると、ようやく実感が湧いてきたのか、ゆっくりと、しかし確かな笑顔になりました。「やったがね! ようやく退院できるがね!」と、父も勘違いして喜んでいます。

「父さん、退院はまだ早い。今日1日泊まって、様子を見るだけだから」
「もう、十分治ったがね」
「焦って、また悪くなったら大変だろ」

父と言い合いをしていると、主治医がそのなかに割って入ってきました。
「今日は外泊だけですが、このペースで行けば退院も近いと考えています」
「「「え……」」」

過去、退院を目前にしながら母の調子がドン底になり、悲しい思いをした経験から、私自身、退院を期待することに対して臆病になっていたのかもしれません。

それだけに、事前の電話でも聞いていなかった主治医の言葉は、驚き以外の何物でもありませんでした。戸惑ったような表情を見せた母も、私と同じような心境だったのでしょう。

父は、すぐに戸惑いから脱し、「ほら、見ろ、孝ちゃん! なんでも言ってみるもんだがね!」と、無邪気に喜んでいます。

リスクは低いと思います。

そんな私たち家族を穏やかな表情で見ながら、主治医は言葉を続けました。
「ここ2カ月近く、ご家族と外出をされるようになってから、表情も明るくなり、心身の状態も大幅に回復してこられました。それは、ご家族の方もわかりますよね?」
「えぇ、もちろん」
「お母さんにとっては、家族と一緒に過ごす時間が、最大の治療薬なんです。医療としてできる限りのことをした上で、なるべく早くお母さんを、精神的に一番落ち着いた状況に戻したいと考えています」

主治医の言葉はよくわかります。むしろ、私の願いをそのまま言葉にしてくれているかのようです。

しかし、私には一抹の不安がありました。数カ月前、外泊から病院に戻るのを嫌がっているうちに興奮が止まらなくなり、結果的には激しい電話攻撃を繰り返し、面会すらままならない状態になってしまったときのことが、どうしても忘れられなかったのです。

主治医に対し、率直な気持ちを伝えると、「前回、退院をめざして外泊を繰り返していた頃は、悪性症候群からの回復段階にあったことから、向精神薬を一切飲んでもらっていなかったんですが、現状は、量は少ないものの必要な薬については飲んでもらっています。外泊時や外泊後の様子をしっかり観察する必要はありますが、以前に比べるとリスクは低いと思います」
「私に、何かできることはありますか?」
「では、外泊しているときの様子を、なるべく細かく教えてもらえますか?」
「その程度でしたら、喜んで」
「久々の外泊です。ゆっくり楽しんできてください」
「ありがとうございます」

私と主治医が話し合っているのにシビレを切らしたのか、父が「孝ちゃん、いつまで話しとるの? 早く退院するがや」と言い出しました。「だから、退院じゃなくて外泊だって」と私が言い返すのを見て、母が嬉しそうにくすくすと笑っています。

その母の姿を見て、私もようやく長い入院生活にゴールが見えてきたという実感が持てました。そして次に、「今年は一緒に、花見に行けるかな……」などと考えていたのです。

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