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親ケア奮闘記Part2【闘病編】

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【闘病編・第5回】安堵と不安。

母さんは治ったようなもんだ。

薬局で薬を受け取った帰りの車の中、父はやたらと上機嫌でした。
「さっきのところなら、わしでも車で母さんを連れてこれるし、安心だ」
「これで、もう母さんは治ったようなもんだ」
「安心したら、お腹が空いたがね。母さん、何かおいしいものを作って」

私も「いくらなんでも気が早すぎる」と、父をたしなめたりはするものの、ようやく専門家の前に母を連れて行き、問題解決の糸口が見つかったことにホッとしていました。多少は時間がかかるかもしれないものの、あの医師たちならきっと、悩める母を、本来のやさしい母に戻してくれるに違いない、と。

当事者である母は、行きのときのように落ちつきなくまわりを窺うようなこともなく、静かに助手席に座っていました。私が見る限り、あまり動揺している様子はありません。
「母さん、今日はクリニックに行ってくれてありがとう」
「……あぁ」
「良さそうな先生で良かったねぇ」
「そうだなぁ」
「母さんが『早く治したい』と言ってくれて、嬉しかったよ」
「……」

「ん? どうした、母さん?」
母からの返事が無くなり、私はハンドルを握ったまま横目で様子を窺いました。母は少し放心したような顔をしています。
「母さんは人見知りがきついから、緊張したんじゃない?」
「……」
「わしは、お鍋が食べたいです」
「父さんはちょっと黙って。母さん、しんどかったら目をつぶって休んでてもいいよ」

それは薬じゃなくて毒だ。

そのとき、母が口を開きました。
「……孝治、家が大変なことになっている」
「えっ?」
「言いつけを破って病院に行ったから、家を奪われてしまった」
「ちょっと母さん、急にどうした?」
「『今さら帰ってきても遅い、お前らの居場所は無い』と、みんな言っている」
「だから、みんなって誰のことだよ」

それまでの嬉しい気持ちが一気に吹き飛んでいきます。今思えば、1回診察を受けただけで、ここまでおかしくなった母が治るはずなどありません。ただ、そのときの私は「冷や水をかけられる」を地でいくような気分でした。

「水炊きも良いけど、おでんも良いなぁ。なぁ、母さん」
「だから、父さんは黙ってろって!」
「なんでぇ……」
「母さんの様子が、またおかしいのがわからないのか?」
「そんなの、今日もらった薬を飲んだら、一発で治るがね」

横から母が口を挟みます。
「それは薬じゃなくて毒だ」
「いや、そんなことないって」
「みんながそう言っている」
「だ、か、ら、みんなって誰!?」
「孝治、そう大きな声を出すやない」
「母さんが変なことばかり言うからだろ!」

私は道沿いのコンビニの駐車場に車を停め、母と向き合いました。
「母さん……。母さんにはいろんな声が聞こえてきて苦しいんだろうけど、 少しずつ治していけばいい。お願いだから、俺を信じてくれ」
「……うん」

母の返事を聞いて少し安心した私は店に入り、3人の昼食用としておにぎり、両親の夕食用として弁当を買いました。
「あれ? お鍋は……?」
「まだ言うか……」
いやしい父に呆れながらも、そのやりとりを聞いてクスッと笑った母の顔を見て、私の心はまた穏やかなものになりました。

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