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親ケア奮闘記Part2【闘病編】

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【闘病編・第16回】独りになった父。 その3

主治医との面談。

病院に着いた私たちは、大急ぎで母の入っている病棟へと向かい、ナースステーションで主治医と面談したい旨を伝えました。昼食時という忙しい時間帯ながら看護師は快諾してくれ、私たちの待つ面会室まで主治医が来てくれることに。母はまだ食事中なので、主治医との話が終わった後で会わせてもらうことになりました。

「孝ちゃん」
「ん?」
主治医を待つ間、父が話しかけてきます。

「お腹が空きました」
「ちょっと我慢して。母さんとの面会が終わったら、どこかで食べて帰ろう」
「我慢できんがや」
「ダメ。我慢して」
「なんでワシがこんな目に遭わないといけないんだ……」
「出発前に、父さんが邪魔ばっかりするから遅くなったんじゃないか」
「ワシは何も悪くないがや。お腹が空いたがや」
「先生との話が終わったら、売店で何か買ってやるから待ってろ!」

そんな話をしているうちに、面会室へ主治医が入ってきました。昨日会った3人の医師たちのなかでは、中堅と思われる人でした。
「昨日はどうも。かつ子さんの主治医を務めることになった○○です」
「横井と申します。よろしくお願いいたします。本日はお伺いするのが遅れ、申しわけありませんでした」
「いえ。かつ子さんは昨日、かなり興奮しておられたのですが、今日は少し落ち着いてきたようで、朝食も食べていただくことができました」
「あ、そうですか。良かった……」
「これからの治療の方針などを詳しく聞きたいということでしたよね」
「えぇ、お願いします」

「その前に、先生に相談があります」
突然、父が口を挟んできました。
「ん? どうしました?」
医師が、父のほうに顔を向けて質問を促します。
「家内を連れて帰ってはダメでしょうか?他人がうちの家に入り込みそうなんですが」

私と医師は、一瞬、父が何を言っているのか理解できませんでした。なんとか気を取り直した私が父を黙らせようとするのを医師は軽く制し、父に話しかけました。
「奥さんは、十分な治療が必要な状態です。連れて帰っていただくわけにはいきません。『他人が~』というのはよく意味がわかりませんが、なにか不安になることでも?」
「だから家内がいないと、他人が家に来てしまうんです」
「えぇっと……。息子さん、どういうことでしょうか?」

母は、治るんでしょうか?

仕方なしに、私はその日の朝の父とのやりとりを医師に説明しました。医師は軽くため息をつき、「息子さんも大変ですね」と言うと、再び父に向かって話し始めました。

「先ほども言いましたが、奥さんは病気で、ある程度の期間は入院していただく必要があります。早く回復してもらうのには、ご家族の協力が欠かせません。安心して治療に励んでもらうために、ご家庭のことで奥さんに心配をかけるようなことは言わないでください」

どこまで理解したのかわかりませんが、父は静かになりました。こんなことで、多忙な主治医の時間をいつまでも独占するわけにはいきません。
「先生、母の今後についてお伺いしたいのですが」
ようやく本題に戻すことができました。

「昨日と今朝、かつ子さんの健康状態を調べさせてもらったんですが、かなり衰弱しているようです。食事や睡眠を満足にとっておられなかったんでしょうね。体重は30キロ台で、肝炎の症状も出ています。精神に作用する薬は、肉体にある程度の負荷がかかるものが多いので、まずは点滴と食事などで、かつ子さんの身体を回復させてから、精神的な治療を進めていきたいと思います」
「はい」
「向精神薬というのは、人によって効き方が大きく異なるので、ある薬をしばらく続けてみて、様子を見ながら調整していくことになります」
「はい、お願いします」

私は気になっていた疑問を主治医にぶつけることにしました。
「母は、治るんでしょうか?」
「正直なところ、完全に元通りの状態になるのは難しいかもしれません。もちろん全力を尽くしますし、日常生活に支障がないレベルになる可能性はあります」
安請け合いしないところが、信頼できるように思えました。

「母の病名は、精神分裂病なんでしょうか?」
「まだ、わかりません。症状的にはそのように思えますが、しばらく様子を見ないと断言はできません」
「昨日いただいた書類に書かれていた『老人性精神病』というのは……?」
「あれは、便宜的に書いただけです。入院していただくには、とりあえず書類を整えないといけないので」
「はぁ」
「私は、病名がどうこうというより、かつ子さんの症状を見極め、それを抑えたいと思っています。息子さんも、ぜひご協力ください」
「もちろんです」

「この医師なら……」と信じる気持ちが強くなった私は、バッグからノートを取り出し、
「実は先生に見ていただきたいものがあるんですが……」と切り出しました。

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