介護日記・二人の父の雑記帳 第251回〜

【第252回】認知症末期を迎えるとは?(2007年6月28日)

以前にも度々書きましたが、父タクさんの認知症の進行はゆっくりでした。
失禁と徘徊(迷子)らしきことが始まったのが同時期で、発症8年頃でした。
その頃読んだ本には、認知症8年ともなると末期であって、もっと重い状態になるようなことが書かれていました。
でも、父の状態はまだまだそんな様子ではなく、私はこの時期、父がやっと認知症中期に入ったものと考えました。
認知症の経過年数と状態は、その方の状態によってずいぶん異なると思いました。
なかには認知症になってから、もっと早く重い状態になる方もおられるでしょう。

父を亡くなるまで看て思ったこと。
なるべく良い健康状態を保つことができれば、認知症の進行をゆっくりさせることができるのではないかと。
介護の仕方によって認知症の周辺症状や進行を緩和させることができることは、以前にも書きましたし、最近ではメディアでも多く言われています。
良い健康状態を保つことは、それに匹敵するほど大切なことだと、父を見送ってつくづく感じました。
認知症末期とは、健康状態が崩れていく時期でもあります。
健康状態が崩れるから、末期になってしまうとも言えると思います。
父が認知症中期を長く保てたのは、健康状態が良かったからだと思いました。
認知症初期の頃、貧血で入院などありましたが、致命的なものではありませんでした。
中期の後半頃、初めて狭心症になり、以後ずっと薬を飲み続けることになりましたが、軽い狭心症で致命的なことには至りませんでした。
周辺症状に対する対処の仕方を上手にして、健康さえ保てば、認知症中期の状態を長く保ち、できるだけ末期になることを遅らせることができると思います。

若い方は進行が早いと言われますが、私が考えるには、あまり根拠がないような気がします。
もし早いとすると、初期の進行だけではないかと??
若い方の方が健康状態が良い方が多いから、中期からの進行はゆっくりである方が多いのではないか?と。
父の場合は認知症初期が長く8年近く、中期は4~5年くらい続きました。
いつ末期の状態が来るのか?来ないのではないか?そんな状態で中期が長かったです。
父が末期に移行したと感じたのは健康状態の大きな変化からでした。
父の年齢から、私は覚悟を決めました。
(この時期、父は特養に入所していました)
以前にも書きましたが、歯の状態が悪くなったこと。
そのため、食事が進まなくなり、体力などが衰えてきたこと。
それに加えて、この時期にベッドから転落のため、背骨を潰してしまい1カ月半、腰痛がひどく寝起きが自力ではできなくなったこと。
その時期に、運悪く脱水状態になったこと。
脱水を乗り越えたものの、以前のような元気さは戻らなかったこと。
元気がなくなり、歯の状態が悪く、ますます食事が進まなくなり、ますます体力が低下したこと。
当時、80歳を過ぎた高齢だったため、健康が崩れだすと、もう元には戻りませんでした。
体力低下のため飲み込みが難しくなり、食事の誤嚥が始まり、誤嚥性肺炎に至りました。
認知力は体力低下と病気併発ため、急速に衰えました。
ボーッとした表情のことが多くなりました。
このようにして、認知症末期に至ったのでした。
末期になったと私が感じてからの父は、1年半くらいで最後の時を迎えました。
亡くなった原因は誤嚥性肺炎でした。

認知症末期とは、健康状態が低下した時期です。
末期を迎えることを食い止めるには、何より、健康でいることです。
認知症の周辺症状に悩むご家族が多いと思いますが、健康状態にはくれぐれもお気をつけてください。
よくありがちな便秘、腰痛、骨折。
これらも、健康を崩す要因です。
夏だけでなく、冬でも脱水は起きます。
年寄りは水分を欲しがらない方が多いですが、水分は多めに摂取しましょう。
認知症の方は、特にそれらに気をつけましょう。
認知症だからといって、特別な亡くなり方をするのではありません。
病気を併発して亡くなるのです。
繰り返しますが健康は大事です。
父を最期まで看て、私自身の反省も込めて感じたことです。

【第254回】地震、雷、火事、親父(2007年7月5日)については、こちらへ。

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