介護日記・二人の父の雑記帳 第101回〜

【第149回】タクさんの四十九日(2006年12月15日)

昨日(12/13)は、タクさんが亡くなって四十九日の日でした。

◆実際の四十九日
この日が亡くなった日を含めて数えると四十九日に当たることは、亡くなった当日から私はわかっていました。
けれど、四十九日の法要は色々考えて、まだ少し後にすることも、亡くなった当日に決めていました。
世間一般では、その日より繰り上げて法事を行うのは良いとされますが、後の日に行うのは良しとされないようです。
それもわかっていましたが、少し後の日に法要と納骨を執り行うことにしました。
後になっても別に悪いことではないのは、関係各筋からも伝えられていることです。

◆父の遺骨
父の遺骨は葬儀後、父が住んでいたマンション(今は弟だけが住んでいる)にありましたが、先週から私の所に来ています。
昨日が実際の四十九日に当たると夫に話したら、「なんだ、そんなに四十九日の法要が遅れるのか?!じゃ、成仏できないで、まだこの部屋に浮遊しているかもしれないぞ」などと脅されました。
「タクさんが、枕元に立っても知らないぞ」とか言っていましたが、私は父の遺骨と少しでも長くいられた方がいいし、枕元に立ってくれたら嬉しいです(笑)
そういえば、父が亡くなってから、夢にすら出て来てないのです。

◆仏教の四十九日とは?
四十九日とは、人が亡くなると七日ごとに審判があって、5回目の七日目の三十五日は「五七日」と言って、閻魔大王の裁きがある大切な日で、この日に法事を行うこともあるようです。
7回目の四十九日は「七七日」とも「満中陰」とも呼ばれ、
仏教の教えでは「死んでから次の生を受ける日」、つまり「生まれ変わる日」なのだそうです。

◆父の骨壷
その四十九日の昨日は、遺族である私、夫、弟を交えた2回目の様々な話し合いをしました。
その席で、埋葬許可証が火葬場で言われたように、骨壷に確かに入っているか確認しようということになりました。
私は入れるところをしっかり見たし、そう言っていたのも覚えているから見なくて良いと言いましたが、納骨の時になかったら困るので確認することになりました。
骨壷は桐箱に入っていて、骨壷と桐箱の隙間に埋葬許可証は入っていました。
桐箱の蓋の裏に、可笑しいことに骨壷の「品質保証書」がテープで貼り付けられていました。
保証書なんかあったって、お墓に埋めてしまうのだから意味ないのに…。
で、よく見ると品質保証期間は納骨日までとなっていました。
何だか笑えます。
この骨壷はなかなか素敵な骨壷で、お墓に入って日の目を見なくなるのが惜しいような骨壷です。
最近は柄物とかありますが、父のはシンプルですが昔ながらの白いものとは少し違って、品があるちょっとしたデザインになっています。

◆父の遺骨確認
そして、父の遺骨を確認しようということになって…。
「そんなこと止めろよ」と夫は言いましたが、骨壷の蓋をちょっと開けるだけということで、開けてみました。
実は昨年、ある特別な出来事があり、お墓に入っている父のご先祖様の骨壷を開ける機会があったのです。
普通はこんなこと滅多にないことですが…。
その時、お墓の中で雨に濡れ、水浸しになった骨や骨壷を綺麗にする作業をしたのです。
そんなことがあったせいか、骨壷を開けることに抵抗はあまりありませんでした。
骨壷の蓋を開けると、父の遺骨は火葬場で見た通りに、綺麗に積まれて入っていました。
父の骨は高齢であったことや、小柄で痩せていたため、本当に量が少ないものでした。
火葬場で見たとき、骨にブルーの色が付いている部分があって、かなり気になりました。
よく、病気だった部分は色が違うとか、特別な薬を飲んでいた場合も色が変わる、とか言われていたので気になっていました。
しかし、ネットで調べたところ、世間一般に言われているそれは間違っていることがわかりました。
色が変化している部分は、ほとんどの場合、一緒に入れた遺品や花の色が付着したり、焼く時の火力の具合の違いだと言うことがわかりました。
それがわかって、ホッとしました。

◆父の棺に入れた物
父の棺には前から決めていた物を入れました。
毎日デイに通っていた時、冬に着ていたカジュアルなコート。
父が自分で買ったご自慢の羽が付いた帽子。
よく来ていた赤いチェックのシャツとズボン。
特養でいつも履いていたホールディングスリッパ。
そして、弟から、読書家で犬好きな父に、父が読んでいた犬の育て方の本。
これらが焼かれる時、遺骨に影響を与えたのかな??

◆父のいないこれから
みんな灰になっちゃった。
でも、父の遺骨はまだここにあります。
少し遅い四十九日の法要と納骨まで、まだここにいます。
父が亡くなっても、毎日父のことを思い出しながらブログを書いているせいか、父がもういないとは思えません。
でも、やっぱりいないんですよね。
心の整理はついているのですが、ふと、寂しさがよぎります。
父の人生、父への思い、そして、人生とは?
父の介護を通して、様々なことを学びました。
これからも、まだまだ学んでいくでしょう。
父の意思を受け継いで、これからの自分の人生を如何に歩んで行くのか??
残った家族としての重みも感じます。
偉そうなことを言っても始まりません。
今まで通り、私は悔いのない毎日を過ごして行こう。
そう思った父の四十九日でした。 

【第150回】認知症を告知する?(2006年12月16日)については、こちらへ。

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