介護のコラムを読む

介護日記・二人の父の雑記帳

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第144回 会員になっている葬儀屋のこと(2006年12月10日)

先日、位牌を購入したお店で、今日は仏壇を見てきました。
ここは父の葬儀をやった会社でもあり、我が家から本社(本店)が割合近いのです。
この葬儀屋さんは葬儀から仏具関係、メモリアルに関することは何から何まで手掛けていて、介護に関することもやっています。
私はこの葬儀屋さんの会員になっているので、色々と割引や特典があります。
昨年頃から、父の先が長くないと感じていた私は、葬儀関係のことを考え、いざというときに慌てないように、葬儀屋も決めておきたいと思っていました。
父の性格に似た私は、用意周到にしておきたい性質(たち)なのです。

ネットや本で葬儀関係のことや葬儀屋のことを色々調べ、今年の春、この葬儀屋さんの会員になりました。
昨年秋、父がちょっと危なくなって、緊急に病院へ行った時は正直ビビリました。
葬儀屋さんのことを調べていたのですが、まだ決めかねていた時期だったから、「まだ決めていないのに、こんな時に死なないでね~」と思ったのです。
危ない時にそんな風に考えるのは邪道かもしれません。
実際、父の傍で父に声を掛けたり、水を飲ませてあげながら、かたや冷静に考えざるを得ませんでした。
だって、父のことを本当に思うってことは、現在の体の状態は元より、先々の状態、もっと先に訪れるかもしれない最期の時や、葬儀を考えることも、親の全てを考える…ってことに繋がるわけですものね。
私は昨年辺りから体力低下が見られる父の状態を目の当たりにして、そこまで、いつも考えていました。
「覚悟する」ってことは、そういうことですよね?

父のことに関して、父の志を尊重しつつ、全て責任を持って執り行いたいと思っていました。
それは、父の生涯を思うと、そうしなくてはいられなかったからです。
こんな気持ちになったのも、父の面倒を長く看て、父の本当の心をつかめるようになったからでしょう。
父を介護して、父に寄り添って歩めたお陰で、やっと父の心を理解できたと思いました。
そのせいでしょうか?
母が亡くなった時は私も若かったせいもあり、母が早死にだったことも加わって、散々泣きました。
しかし、今回父のことでは、父に申しわけないくらい、全く泣くことはありませんでした。
母が24年前に亡くなった時、父の手助けをしながら2回も葬式をして、結構大変だった経験から、費用もやり方も納得できる葬儀にしたいと思っていました。
母は大晦日の前日に亡くなったため、色々と通常通りにはことを運べず、「密葬」と「本葬」の2回の葬儀、しかも、それぞれ違う場所で行ったのでした。
父の葬儀は考えた通りの内容で、予算通りの明朗会計、不満な点はありませんでした。
葬儀屋さんも非常に良い方ばかりで、葬儀後の色々なことも相談に乗ってくださったりで、この葬儀屋さんの会員になって良かったと思っています。
ちなみに、この葬儀屋さんは結構大手でテレビでもコマーシャルをやっています。(東京だけかも?)
そういう所ってどうかな??料金が高めじゃないかな?細かい配慮はあるかしら?
などの心配もありましたが大丈夫でした。
葬儀関係について、自分が事前に知識を持ってきちんと判断できれば、必要以上に費用を掛けたり、見積もりと違うなどの行き違いは起こらないことを身を持って体験しました。
この葬儀屋さんの会費は5万円で1度納めるだけで、他は何も要りません。分割もできます。
この5万円の会費で、直系一家族に有効で、しかも代々受け継ぐことができます。
今は私が会員で、私の父、夫、子供に有効です。
夫の父は私の義父になるので無効なのですが、父のことが全て片付いたら、夫の名前に会員の名義変更すると、私の義父の葬儀にも有効になるので、そのようにする予定です。
会員になった時(今年の春)、家族の中で一番危なかったのが私の父だったので、私が会員になったのです。

さて、今日は仏壇を見てきた話をする予定でしたが、葬儀屋の話になってしまいました。
仏壇の話はまた別の機会にするとしましょう。

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