介護日記・二人の父の雑記帳 第101回〜

【第132回】タクさん危篤時の裏話 その3(2006年11月27日)

父が亡くなって今日11/26で1カ月が経ちました。
時が経つのは早いもので、何だか遠い昔のような気がする反面、つい昨日のような気がしたりします。
とにかく父の死後、しなくてはならないことが続き、そしてまだまだあるのです。
慌しく、日々が過ぎています。
時と共に忘れないうちに、父の危篤時の裏話続編を記録しておきました。

◆魂も何もかも抜けていく?
父は夜7時40分頃緊急に病院に入り、私がそれより遅れて7時50分頃病院に着き、それから、まず点滴と採血をしました。
父はやせ細り、全く皮下脂肪がないせいか、血管に針が刺さらず、看護士さんが何カ所も針を刺してやり直しました。
そのたびに父は「痛い!!」と叫んで、私が「痛いけど、少し我慢してね」と声を掛け、父の振り払おうとする手を押さえ込みました。
失敗した一箇所は脱脂綿で止めても血が止まらず、私がぎゅっと強くしばらく押さえていました。
検査後、多分8時半過ぎ、父が最後の言葉となる「どうもすみません」を言ったあと、別室で看護士さんに着てきた服から病院のパジャマに着替えさせてもらい、その時オムツ替えをしてもらっていました。
9時半近くに病室に入り、8~9月に誤嚥性肺炎で1カ月入院した時と同じに、「プワッ、プワッ」と水泳の呼吸法と同じ口呼吸をしていました。
この呼吸はずっと続き、荒い息のため口につけた酸素マスクがずれてしまう程でした。
すぐずれてしまうので、一度だけ鼻から酸素を通す方法を試しましたが、これでは酸素濃度が上がらず、良くなかったため、マスクがずれやすくても、通常の酸素マスクを続けることにしました。

その後、何度か酸素濃度が極端に下がった頃、父のお腹がゴロゴロ言っている感じがしました。
多分夜中の12時過ぎ頃、父が亡くなる1時間少し前。
ちょっと臭うようだったので、看護士さんがオムツ替えをしようとパジャマを開けると…とても大量な…。
「どうしたの?!一体!!こんなに…」と、かなり驚く看護士さん。
パジャマも汚れてしまっていたので、看護士さんが二人掛かりで着替えをしました。
その間に私はロビーに出て、それまで電話が通じなかった弟に、電話で急いで来るように伝えたのです。
人は亡くなる時、脱力して、出るものは全部出てしまうと聞いたことがありました。
本当にそうなんですね。
あとになって、そうだったのかと気付きました。
何もかも、魂も一緒に抜けていくのでしょうか?

◆父が最後のお別れをする
「着替えをしたので、血圧がかなり下がってしまいました」と看護士さん。
もう、苦しそうな「プワッ、プワッ」の口呼吸はいつのまにかしなくなっていました。
父の目は上を向き白目を向いていました。
もうダメだ…。
その頃、多分12時50分過ぎ、夫も弟もそばにいました。
私は父の左側にいて、父の左手をずっと握っていました。
酸素を更に追加すると、酸素濃度が上がりました。
そして、何と!!上を向いて白目になっていた父の目が、正気に戻ったようになりました。
優しい穏やかな目で左側にいる私の方を見ていました。
じっと私の方を見ているので、「お父さん!!分かるの?!」と声を掛けました。
奇跡が起きて、父は回復に向かうかもしれないと、わずかな希望を抱きました。
でも、それはあとで気付いたのですが、父の私達に対する最後のお別れでした。
その後、看護士さんが顔の向きを直すと、大きく深呼吸のような息を2~3度して喉が動き、その後の呼吸はなくなりました。
夜中の1時10分頃、父は深い眠りに就きました。
父の最後のお別れ…言葉にはならなかったけれど、私は確かに受け取りました。

最後のお別れって、あるのですね。

【第133回】優しい気持ちで介護するには? (私なりの認知症介護 その3)(2006年11月29日)については、こちらへ。

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