介護日記・二人の父の雑記帳 第101回〜

【第120回】認知症初期のタクさん 80歳の誕生日の頃 (連絡ノートその1)(2006年11月15日)

父の元へ通い介護していた時、帰る前にその日のことを「連絡ノート」に書いて、後から帰宅する父と同居の弟が見てわかるようにしていました。
毎回書いていましたが、ほとんどのノートはもうありません。
2001年から2002年のノート3冊だけが手元に残っています。
その中から文面は当時のままで(補足有り)、ご紹介します。

2001/2/16(金)
◆お父さんと歯科へ行き(前歯の入れ歯を作っている最中)、その後、前行った皮膚科へ行きました。
◆皮膚科で足の水虫を診てもらい、菌を調べたが水虫菌はなかった。
水虫の付け薬(2種)をもらって帰宅後付けました。
◆1日2回付ける薬ですが、お父さん一人で付けるのは無理なので私が預かっています。
(いつも私が持っている)
◆足の裏のタコはスピール膏を貼って時々貼り替えて治すことになり、すでに貼っています。
◆ついでに右頬の白い飛び出たイボと黒い平たいイボも液体窒素をかけて治すことを始めました。
5~6回やるうちに治るそうです。
◆皮膚科は1週間に1度の通院になりそうですが、別に予約はしなくて好きな時に行けます。来週後半にまた行く予定。
◆お父さんは夕食済み。
◆明日の三食の用意しました。
◆次は月曜に来ます。
この頃、歯科にもよく通っていたし、皮膚科にも通って液体窒素の治療も嫌がらずに受けていました。
認知症発症8年。でも、他人が見ると、一見普通の人と変わらないように見えた頃でした。

2001/2/19(月)
◆お父さんは夕食済み。
◆明日の朝昼の食事の用意有ります。
◆各部屋、掃除機掛けました。
◆冷蔵庫にあるイチゴのシュークリームは、お父さんの誕生日祝いに食べた物で弟の分です。どうぞ。
◆お父さんの80歳のお祝いにパイプを買いました。(紙の箱入り)
今まで使っていたのと同じような形です。
それと、今まで買ったことのないパイプタバコ「桃山」を買いました。
◆明日、午後来ます。
この頃はまだパイプタバコを吸っていた頃でした。
タバコ専門店で、自分で銘柄を指定して買うことが出来ました。文字も読めました。
財布からお金を取り出して支払うのには、私の手伝いが必要でした。

このノートは本当に久しぶりに出してみたのです。
そして今、このノートの最初のページを見てビックリしました。
最初の1ページ目は空白のページにしていたのですが、その白いページの片隅に父が書き込みをしていました。
父の「下の名前」と年齢「80歳」が書かれていたのです。
この頃、自分の歳を覚えていたのです。忘れないように書いておいたのかもしれません。
父の文字は「80」の数字以外は全部たどたどしいひらがなで、しかも「80さい」の「さ」が間違っていて「80きい」となっていました。

【注】
「認知症初期・中期のタクさん」シリーズ初回に書きましたが、タクさんの場合は次のように分けました。
◆初期(1993年~2001年後半 72歳~80歳)
…失禁がない頃まで
◆中期(2001後半~2004年後半 80歳~83歳)
…失禁が始まり、徘徊等目立った行動があったが元気だった時期
◆末期(2004年後半~2006年10月 83歳~85歳)
…会話が成り立たなくなり、体力の衰え、そして肺炎で亡くなる

【第121回】認知症初期のタクさん 認知症検査の頃 (連絡ノートその2)(2006年11月16日)については、こちらへ。

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