介護日記・二人の父の雑記帳 第101回〜

【第118回】お金への執着とは?(2006年11月12日)

義父、イズさんのお呼び出しに応じて、老健へ行って来ました。
会うなり、イズさんの固い表情の顔に私はピリピリ。
まず、貯金通帳を見せ、拡大コピーして見やすくした方を見せて簡単に収支の説明。
今回はなるべく夫に話をしてもらいました。
イズさんは年金収入のことで大きな勘違いをしていたようでした。
今まで年金についても何度も話してきたのに、全然わかっていなかったようでした。
認知症はないけれど、色々なことを一度に話すと理解ができないようなので、的を絞って話しました。
年金の勘違いは理解してもらいましたが、このぶんではまたわからなくなることもありそうな気がします。

イズさんの長男が有料老人ホームの説得に来たことも、来た事は覚えていたものの、説得されたことは忘れていました。
短気な夫も、今回は何とかじっくりイズさんに付き合って、イズさんもやっと入所を承諾してくれました。
今まで何度、承諾し、その後解消しそうになったことか…やれやれ。

イズさんは以前から、子供や孫のためにお金を残したい人で、自分のために使う気は全然ない人でした。
今回は、イズさん自身の健康と心地良い生活のために、ある程度使うのは無駄遣いじゃないし、貯金も減る訳ではないので心配しないでいいよ…ということで、納得してもらいました。
過去にデイサービスの週1回を2回に増やした方が良いと勧めたけれど、色々言って納得してくれなかったこともありました。
そのようなイズさんでしたから、老健施設を勧めた時も、入ることなど頭には全くないことで、すぐには納得してくれませんでした。
その時も、何度かイズさん宅に足を運んで話し合いましたっけ。

イズさんは昔から真面目で仕事一筋の人でした。
仕事ばかりで、家族とレジャーを楽しむようなことは全くしなかったそうです。
私が知っている限り、イズさんにとって、お金とは「蓄えるもの」だったように思えます。
蓄えたものは家族皆に分配することで、イズさんは安心し、家族も喜ぶ…そう思っていたのではないでしょうか。
それが真面目なイズさんなりのやり方だったのでしょう。
家族への愛情表現の一つとして、愛を蓄えて分配する…それが、たまたまお金だった。
それを今、「イズさんのお金はイズさん自身のために使っていいよ」と言われても、自分だけラクをして、自分のことにお金を使うことが不安になるのでしょう。
イズさんのお金についての執着とは、イズさんなりの「家族への不器用な愛の表現なのでは??」と私は思いました。

私の父、タクさんとも違い、お金への執着も人それぞれです。

【第119回】父死亡後の事後処理(2006年11月14日)については、こちらへ。

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