介護日記・二人の父の雑記帳 第51回〜

【第84回】退院後2週間、イマイチ元気がないタクさん (2006年10月6日)

父の入院以降、特養に戻ってもずっと毎日通う日々が続いていたので私も少し疲れました。
父の体調が落ち着いた今週は一日置きに特養に行っていました。

◆目をなかなか開けない
一昨日(10/4)夕方行ったら、この日は37度台の微熱があったそうで、額を触ると熱く、父の元気もイマイチでした。
夕食前はベッドで寝ていることが多く、いつもの事ながら、何度も声をかけるとやっと気が付くようですが、目はなかなか開けません。
父を目覚めさせ(目は閉じたままだが)、ベッドから車椅子への移乗を初めて一人でやってみました。
ヘルパー講習で習ったことを忘れないためにも、父の移乗は自分でやってみたかったのです。
父があまりに軽かったせいか、初めてでも上手くいきました。

◆食事時に涙
夕食なのに車椅子に乗っても目を開けないので、フロアを車椅子で一巡り。
それでも、しばらく目を開けずに私の食事介助を受けていました。
食事前にたんの吸引をしてもらった時も、少し涙目だった父。
食事中、ふと見たら右目から涙がツツツーーッと流れ落ちました。
最近は涙がしょっちゅう出ます。
悲しくて?辛くて?老化現象?
本当のところは分かりませんが、1~2年前はそんなことはなかったので私も辛いです。
夕食は全介助で全部食べました。
いつもミキサー食を全部よく食べてくれます。

◆父の散髪
1カ月入院して、父の髪が随分伸びてきたので、近々切ってあげようと思っていました。
父の髪は10年以上私が切っていました。
特養でも私がカットしているのは知られていましたが、うっかり職員さんが訪問理髪の人に散髪してもらってしまい、私に謝罪しにきました。
それまで、父は寝ていたので髪の後ろは分からなかったし、耳のあたりが少しすっきりしているような感じはしましたが、うかつにも謝りに来られるまで気が付きませんでした。

昔から父の髪はオールバック。
私は父の髪を女性のショートカット程度にいつも長めにカットしていました。
くせっ毛なのでウェーブがついて似合っていました。
父も認知症初期の頃、「学者みたいで良い!」と言っていました。
今回の訪問理髪のカットは、いつもの私のカットとあまり違和感がないものでした。
大体3カ月に1度カットしていましたが、父の様子から、ひょっとしたら今回のカットが最後になるのでは?そんなことにならなければいいが…と思っていて、私がカットしたかったのですが…。
職員さんは丁寧に謝って下さり、私も手間が省けたわけですから文句も言いません。
でも、もしかしてもう出来ないかも?の寂しい気持ちは残りました。
そんなことのないよう願うばかりです。

◆リハビリ
機械浴があったり、下痢気味だったり、微熱があったりで、今週は歩くためのリハビリはできてないとのことでした。
膝が固まらないよう、曲げ伸ばしはやっていただいてるようです。
私の予感では、多分もう歩けないような気がします。
足腰の達者な父でしたが、歳とって色々な支障が重なると、丈夫だった体も一気に下り坂を駆け下りるものなんですね。
認知症も末期になると医療との日々になってしまうのです。

◆要介護認定の区分変更
退院後、以前とは状態も変わってしまい、次の要介護認定更新まで半年以上もあるので、区分変更の依頼を部長さんにお願いしました。(父の場合更新期限2年間だった)
長年ずーっと「要介護4」でしたが、今の状態が今までと同じとは思えませんもの。
施設に居る場合、家族としては介護度の違いなんて利用料の支払い額が多少変わるだけのことですが、施設のためにもきちんとした方が良いと思って申し出ました。
「要介護5」になったら、今までより少し多く支払わなくてはならないでしょう。

◆歌も歌えない
父と居るとき、必ず父が好きな歌を歌ってあげるのですが、もう父は歌も歌えなくなりました。
手拍子も出来なくなりました。
今年の夏前に少しだけ歌ったのが最後かな?
再び少しでも歌って欲しいので、「同期の桜」と「東京音頭」はこれからも歌って行こう~♪

【第85回】タクさん、歩けた!!(2006年10月6日)については、こちらへ。

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