介護日記・二人の父の雑記帳 第51回〜

【第83回】認知症中期のタクさん その17(帰宅願望3) (2006年10月5日)

◆帰宅願望と徘徊
「徘徊」と「帰宅願望」は、ほぼ同じものだと思います。徘徊の原因は、帰宅願望にあるのではないかと思うからです。
父の場合、デイやショートステイでの帰宅願望はほとんどありませんでした。
ショート中に家に帰りたがる人が多いようですが、父の場合は施設内をうろうろ徘徊することは多かったけれど、はっきり帰宅願望を訴えることはなかったようです。(デイサービス中の外への徘徊はありました)

その代わり、以前は自宅で帰宅願望を訴えていました。それもデイから帰った夕暮れ時に。
その時間が私と多く過ごす時間だったので、帰宅願望を気付きやすいせいかもしれませんが。
帰宅願望のことを「夕暮れ時症候群」とも言うそうです。
夕暮れ時に訴えることが多いからだそうです。
夕暮れ時は、「夕焼け小焼け」の童謡のように、認知症でなくても人を切なくさせる時間のような気がします。

◆父の心のふるさと
認知症になった父を、私が通って面倒を看るために父と弟(元々二人は同居)を私の自宅近くのマンションに引越しさせました。
帰宅願望のたびに、前に住んでいた家に戻りたいのかしら?と思うこともありましたが、父と話しているとそうではありませんでした。
父は今いる所が自宅ではないと思う時があって、自分の自宅はどこかわからないけれど、漠然とどこかに帰る場所があると思っているようでした。
父の出身地の山梨かな?と思って父に聞いてみても、父ははっきりこたえられませんでした。

父は子供の頃、家族と東京に住んでいて、子供の頃の思い出話は戦前の東京での生活のことでした。
父の成人後、おふくろさんが居た山梨の家はすでになく、おふくろさんはもう何十年も前に亡くなっています。
「おふくろさんがいる場所」は、時には山梨の家であるかもしれません。
でも、大方は「場所を限定しないおふくろさんが居る場所」、つまり「父の心のふるさと」へ帰りたかったようでした。

父に限らず「心のふるさと」とは、誰でもが「帰りたい家」「たどり着きたい場所」なのかもしれません。
その頃、父と話していると「さっき、おふくろさんが居たけど、どこ行っちゃったかな?」と時々言うことがありました。
「買物に行ったんじゃないの?」と私が言うと納得していました。
父の心の中に突然現れては、いなくなるおふくろさん。

突然帰りたくなる家、ふるさと。
帰宅願望や徘徊する気持ちは、認知症でなくても、どの人の心の中にも有りうる心理だと思いませんか?

[参照]
>タクさんの病歴と経過 その2

【第84回】退院後2週間、イマイチ元気がないタクさん (2006年10月6日)については、こちらへ。

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