介護日記・二人の父の雑記帳 第1回〜

【第36回】認知症初期のタクさん(入院はこりごり)(2006年8月22日)

認知症の初期・中期・末期等の分け方ですが、タクさんの場合は下記のように分けてみました。
人によって違うと思いますが、振り返ってみると、タクさんの場合は失禁があるかないかが境目だったように思いました。

◆初期(1993年~2001年後半 72歳~80歳)
   ・・・失禁がない頃まで
◆中期(2001後半~2004年後半 80歳~83歳)
   ・・・失禁が始まり、徘徊など目立った行動があったが元気だった時期
◆末期(2004年後半~ 83歳~)
   ・・・会話が成り立たなくなり、体力の衰え(現在はこの時期)

[参照]
>タクさんの病歴と経過 その1 
>父の認知症の兆候  
>ボケたタクさんの元へ通い始めた頃
>ボケたタクさんの元へ通い始めた頃 その2(物忘れ)
>ボケたタクさんの元へ通い始めた頃 その3(まだ何でもできた)
 ↑上記は1994年頃までのことです。

父は認知症になるもっと前から原因不明の貧血がありました。
倒れるなどの症状は特にないのですが、検査をすると貧血だったようです。
過去に胃・十二指腸潰瘍の大きな手術と大腸ポリープの手術をしているので、それが原因かもしれないと医者から言われていたようでした。

1994年から1996年にかけて、タクさんは2回貧血治療のため入院しています。
1994年(73歳)の時は足のむくみがきっかけで貧血が疑われ、しばらく通院していましたが精密検査と治療のため約2週間入院しました。
1996年(75歳)の入院は通院だけでは貧血がなかなか改善されなかったため、治療のため約1カ月の入院でした。
主に食事で貧血改善をしました。

この2回の内科入院には参りました。
入院といっても父は元気なのですが、自宅で比較的おとなしくしていた父とは打って変わって、認知症の症状丸出しの人と化しました。

◆病院内を徘かい
自分の病室がわからないので病室には「タクさんの部屋はここ」と大きく書いた紙が部屋の入り口に貼られました。
父のパジャマの背中には、父の名前と病室番号がついたゼッケンを付けられました。
失禁後、濡れた肌着やパジャマを脱いで、素っ裸で夜中の院内を徘かいすることもありました。
自分のベッドと他人のベッドの区別もつかなかったようでした。

◆帰宅願望
始終ごそごそと荷物をまとめ、いつでも帰れるように支度して、すぐにでも帰る様子の日々でした。
昼夜関係なくごそごそやっていたので同室者に迷惑がられました。

◆収集癖
元来物集め(文具などのコレクター)が好きな人でしたが、しばしば同室者の物まで黙って盗って自分の物にしてしまいました。
自分の物と他人の物の区別がつかなかったからです。

◆失禁
環境が変わったせいか、トイレの場所がわからないためか、自宅にいた時は失禁したことがなかったのに失禁が続き、紙パンツ常用になりました。
紙パンツから漏れてパジャマなどを汚し、パジャマが足りなくなりました。

上記のようなことがあり、同室者の要望で、6人部屋から差額ベッドの個室に移されました。
内科の担当医から、「認知症ですね」と告げられました。(そんなこと、わかっているわい!)
それまで、その担当医に通院で診ていただいたときには、父はしっかりしていたので、認知症だと気付かなかったようでした。

毎日、汚れた肌着やパジャマを持ち帰って洗濯するため病院に通いました。
父は体は元気で、意外にも表情は良く、「いつ帰れるのか?」と毎日聞いてきました。
気分転換にしばしば院内を一緒に散歩して色々な話をしました。
「この病院は綺麗で広いねぇ!」と父は満足そうで、このお散歩は結構楽しかったです。

2回の入院は1年半程間を置いてますが、父は同じような様子でした。
2回目の入院は最初からナースステーションのそばの個室になりました。
個室は部屋にトイレはあるし、父はホテルにでもいるような快適な様子で満足そうにも見えました。
そのせいか、帰宅願望は最初の入院のときほどではありませんでした。
さすがに素っ裸での徘かいはなかったようでした。

その後、1999年秋(78歳)に同じ病院の呼吸器科に、今度は急性気管支炎で緊急入院しました。
風邪で高熱を出し、足腰が立たない状態になり、肺炎を併発する恐れがあったため入院となりましたが、肺炎は起こさず、病状も入院後2~3日ですっかり良くなりました。
この入院でも、父の様子は前の入院と同じような認知症丸出し状態でした。

救急車で運ばれたとき、内科の担当医に出くわし「今度は救急車か!!」とバカにされたように言われ、悔しかったです。
この内科医は当時内科部長だったのですが、私はあまり良い印象は持っていませんでした。

この入院では点滴の管を引っこ抜き、血まみれになることが何回かありました。
そのため、最初の2~3日、弟と交代で昼も夜も父に付きっ切りで見守りました。
このとき、父の高熱が感染したようで、私も滅多にない高熱を出し、父の病院で薬を出してもらいました。

当時は、まだ外を徘かいすることや、帰宅願望、失禁はなかった頃でした。
ただ、不思議なことに3回とも、退院して自宅に戻ると心配していた失禁はすぐに治まり、紙パンツも使わずに済みました。
自宅での様子も入院前と同じように、比較的穏やかな状態に戻りました。

入院は自宅での様子と違って急激に認知症が進んだ状態になるので、本当にこりごりでした。
もう絶対、父を入院させたくないので、父の健康にはより一層気をつけようと心に決めた頃でした。

【第37回】認知症初期のタクさん その2(初めての迷子)(2006年8月23日)については、こちらへ。

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