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親ケア奮闘記Part5【慟哭編】

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【慟哭編・第4回】温泉へ行こう。 その3

バチが当たったようなもんですよ。

○○クリニックの駐車場に車を停め、足を引きずる母を支えながら中に入ると、ちょうど手が空いたのか、喫煙スペースでタバコを吸う医師、T先生の姿がありました。母の姿を見てすぐに「横井さん、どうしたの?」と声をかけてきます。

「足がちょっと……」と、モゴモゴ答える母の横から「巻き爪がひどくなってまして。診てもらえませんか?」と言葉を被せる私。T先生はすぐに煙草の火をもみ消し、「とりあえず診察室へ」と促しました。診察時間が終わりかけているせいか、ほかに患者の姿もなく、受付なども後回しでよいとのことです。

診察室で母が靴下を脱いだのを見て、T先生は「こりゃ、痛かったねぇ」とひと言。手を消毒したうえで、患部を丁寧にチェックしながら「なんで、ここまで我慢しちゃったの?」と母に尋ねます。
「うちの主人や子どもに心配かけたくなくて」と答える母。
「そのうち、治ると思って」などと話しています。

消毒薬が染みたのか、顔をしかめる母に対して、「ちょっと我慢しとって。痛いのは生きてる証拠だから」と話しかけるT先生。
「旦那さんや息子さんに隠し事をしていたバチが当たったようなもんですよ」と言葉を続けます。

結局、その場で外科的な処置を行うことに。局部麻酔を打ったうえで、ペンチのような形をした爪切りで、患部に食い込んでいる爪を丸ごと取り除いてもらいました。

「はい、これで終わりましたよ。消毒は欠かさないようにして、2〜3日おきぐらいに来てください。うちのデイサービスに来たときに、寄ってくれればいいから」と話すT先生。痛みから解放され、ホッとした顔の母が頷きます。

「あの、先生……?」
「ん、何かな、息子さん?」
母が処置を受ける間、私は邪魔をしないように診察室の片隅に待機していたのですが、明日から温泉旅行の予定があることをT先生に告げ、連れて行ってよいかを確認しました。

「しばらく、お風呂はシャワーだけにしてもらいますが、それで良ければ。患部は濡らさないように、ビニール袋とかでカバーしてください」と、条件付きながら許可をもらうことができました。

いつ頃、こっちに帰ってくるの?

「礼を言って退出しようとした私たちに、「それにしても、横井さんの息子さんはやさしいですね」とT先生が声をかけてきました。

「いえ、別にそんなことは……」と返す私に対し、「いや、ご両親の状態が悪くなったとはいえ、わざわざ大阪からしょっちゅう帰ってきて、こうして親御さんの世話をしてるわけですから。最近の人は、なかなかこんなことしませんよ」と言い返してきます。
「うちで働いているケアマネのKからも話を聞いてるんですが、なんとかご両親が健康に暮らせるように必死だとか。うちもできるだけのサポートはしますから、何でも相談してください」

ここまで言ってもらえると、感謝するしかありません。私はお礼の言葉とともに、深々と頭を下げます。

すると、下げている頭に聞こえてきたのは「それで、息子さんはいつ頃、こっちに帰ってくるの?」というT先生の言葉。

思わず顔を上げて「え?」と聞き返す私。

「いや、だから、いつ頃に帰ってくるの? いつまでもご両親を放っておけないでしょ?」
T先生は、さも当たり前といった顔で、同じ言葉を繰り返します。

「育ててくれた親が、年をとって弱ってきた。息子としてはそれを何とかしたいと思っている。じゃあ、いずれ一緒に暮らすしかないでしょ?」と言うT先生。さらに「息子さんと一緒に暮らしたくないですか?」と、母に向かって質問までしてきます。

「そりゃもちろん、息子と暮らせたら嬉しいです」と答える母。

両親との同居について、この時点では何も具体的に考えていなかった私は、唐突な展開にうまくついていけませんでした。

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