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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第30回】変わり果てた母。 その7

ソフトクリームも食べるがね。

ショッピングセンターに入った私たちは、すぐに昼食を取ることにしました。父に「早く食べるがね」とせっつかれたこともありますが、それ以上に少しだけ穏やかな気持ちになった母に、久々の外食を楽しませてあげたかったからです。

ただ、母の体調を考えると、あまりヘビーなものは良くないように思えます。少し迷った後、私は結局、大衆ラーメン店の寿がきやを選びました。

寿がきやは、東海地方のショッピングセンターや大型スーパーに必ずと言ってよいほど入っている地域の有名店で、私も大学に入って関西に引っ越すまでは、週に何回も通ったものです。子どもの頃には、母と2人で買い物に行き、その帰りにラーメン屋ソフトクリームを一緒に食べた、思い出の店でもあります。

母に向かって「久しぶりに、寿がきやのあったかいラーメンを食べよう」と話しかけると、口元が軽くほころんだような気がしました。

「それはええがね。ワシはソフトクリームも食べるがね」と、父もすぐに同意します。

「食べてもいいけど、お腹を壊さないでくれよ」
「大丈夫だがね」
「本当に?」

クスクス……。

やはり、母には私と父のやりとりがおかしく感じられるようです。

ご両親を大切に。

このショッピングセンターの寿がきやは、フードコートのなかにありました。

両親を席に座らせ、適当なセットを注文。母の嚥下に不安があったので、店員に取り分け用のお椀と、麺をカットするハサミを頼むと、快くOKしてくれました。

コップに水を汲んだりしているうちに、ほどなくして料理が完成。カウンターで料理を受け取り、両親のもとに運ぶと、既に父が3人分の割りばしを割って、すぐにも食べる体制になっていました。

「孝ちゃん、ありがとう! 食べるがね!」
「まぁ、良いけど」
苦笑いしながら、父の分の料理を渡し、次に母の分を用意しました。ラーメンから立ち上る湯気が、食欲をそそります。

「母さん、箸は使える?」と尋ねると、無言で首を振りました。心なしか寂しそうな表情をしているように感じられます。
「じゃあ、俺が食べさせてあげるね」と言い、お椀に麺を取り分けていると、母の手が寿がきや独自のラーメンフォークスプーンを掴み、もう片方の手でお椀を受け取りました。
そして、危なっかしい手つきながらも、1人で食べ始めたのです。

1人でラーメンを食べる。
普段なら当たり前のことですが、変わり果てた母の姿を見た私にとっては、ちょっとした感動を覚えるような場面でした。結局、麺をカットすることもなく、スープもかなりの量を飲み干しました。

「母さん、おいしかったか?」と尋ねると、誰が見ても笑顔とわかる表情で「こんな、うま、い、もの、食べた、こと、ない」と答えました。

味はもちろんですが、家族と一緒に食べることができたこと、自力で食べることができたことが嬉しいようです。

父のソフトクリームを買うためにカウンターに行った際、ダメもとでスプーンを売ってほしいと頼んだところ、「失礼ですが、様子を見させていただきました。スプーンのお代は結構ですから、どうぞお持ちください。ご両親を大切に」との答え。

ラーメン屋で泣きそうになったのは、後にも先にもこのときだけです。

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