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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第28回】変わり果てた母。 その5

実はそれに近いことを考えています。

「相談したいことって、何でしょうか?」という私の質問に対し、主治医は「お母さんの様子をご覧になって、正直にどう思われましたか?」と、質問で返してきました。

「どうと言われても……」
「先ほど、『全力を尽くすとしか言えない』とお話ししましたよね」
「えぇ」
「そのために、ご家族の方にも協力していただきたいんです」
「はぁ……」

「現在、お母さんの精神状態は、一時期の興奮状態を脱して落ち着いてきています。ただ、それと引き替えというか、副作用が出てしまっている状態なんです」
「えぇ、先ほど説明いただいた通りですよね」
「と言うか、常識的に考えれば『副作用が出ている』と思われる状態ですね」
「……? どういうことでしょうか?」
「正直なところ、私には副作用とだけは思えないんです」
「はぁ」
「お母さんの場合、これまで見た患者さんのなかでも、とても高潔で、芯の強い精神性を持っているんです」
「……」
「そんなお母さんが、全力で治療を拒む気持ちになってしまっている。私は、この気持ちの部分が副作用を強めているような気がしてならないんです」

「先生、だから退院させてほしいと言ってるがね!」
父が我慢しきれずに口を挟みました。

「今の状態で、さすがにそれは無理です。でも、実はそれに近いことを考えています」
主治医は、そんな父に対して落ち着いて答えました。

一種の賭けのようなものです。

「それに近いこと?」
「えぇ。実はお母さんの外出を許可して良いか、相談したいんです」

父も私も、主治医の意外な発言にとまどいました。
「外出の許可、ですか?」
「えぇ。通常なら、今のお母さんのような身体の状態で、外出をさせることはまずありません。転倒などによる怪我や、強い刺激を受けることによる精神状態の悪化が心配ですから。でも、私はそれでも外出をさせてあげたいんです」
「……どうしてでしょうか?」
「今のお母さんの状態は、病院のなかで治療を受け続けることによるストレスが一因となっていると思えるんです。一時的にでも外出させてあげることで、それを緩和したいんです」

どうやら私たち家族にとって、悪い相談ではないようです。

「えぇ、先生にお許しいただけるんであれば、喜んで」
「許しをいただきたいのは、私のほうです」
「……どういう意味でしょうか?」
「この外出は、一種の賭けのようなものです。先ほどもお話ししたように、怪我や精神状態の悪化というリスクもあります。それだけに、家族の方のご理解と、ご協力が欠かせません」
「わかりました。外出の際は、必ず私が付き添うようにします」

私の言葉に、主治医は今日初めての笑顔を見せました。
「もしお時間があるようなら、今から2〜3時間ぐらいなら外出してこられても大丈夫ですよ。折りたたみ式の車いすをお貸ししますので、そちらを使ってください」
「え?いいんですか?」
「はい、もちろん。事前に電話でお伝えしなかったのは、先入観のない状態でお母さんの状況を見て、判断してほしかったからなんです。お母さんをその目で見て、それでも外出させたいと判断されたのですから、私に止める理由はありません」
「ありがとうございます」

「それで、退院はいつになるがね?」
と、今ひとつ要領を得ない父と、再び押し黙ってしまった母に対して、「良かったなぁ、外出してもいいんだって」と明るく声をかけ、私は診察室を出ました。」

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