親ケア奮闘記Part4【激動編】

【激動編・第21回】奈落。 その4

立ち会ってほしいんです。

母が再び閉鎖病棟に戻されることになったのは、電話攻撃を始めるようになって3週間ほどが過ぎてからでした。

実質、クリーニング以外の選択肢がなかった閉鎖病棟と違って、開放病棟では共同の洗濯機を利用して洗濯ができるようになっていたのですが、その洗濯機の順番争いで、母が一番親しくしているはずの入院患者Iさんに暴力を振るったというのがその理由です。

それまでも興奮状態で他の患者などに怒鳴り散らすことがあったそうなのですが、悪性症候群で弱った母の面倒をよく見てくれたIさんにだけは、「私の姉さんみたいなもんだから」と言って、よく懐いていました。
外出の際でも、必ずお土産を買っていたぐらいです。
そのIさんに暴力を振るうというのは、もう来るところまで来てしまったということです。

問題が起きた当日、病院から電話連絡をくれた主治医の声も沈んだものでした。
主治医は、一通り事情を説明した後で、閉鎖病棟に戻すこと、このまま興奮状態が続くようなら隔離室に入れること、しばらく外出はもちろん、面会も禁止となることなどを伝えてきました。

状況を考えれば、私に断るという選択肢はありません。
退院寸前までこぎ着けていただけに落胆は大きかったものの、主治医の判断や指示に従う旨を伝えました。

「それでは、まず横井さんにお願いがあるんですが」
「はい」
「できれば明日、病棟変更の際に立ち会ってもらえませんか?」
「え? 今日は移動させないんですか?」
「現在は、鎮静剤が効いたようで大人しく休んでおられますし、
 個室なので、外からカギをかけておけば他の患者さんとの接触は防げますから」
「はぁ」
「明日の9時から病棟を変更する予定なのですが、その際に大きな声で騒いだり暴れたりされると、 他の患者さんにも動揺を与えかねないので、横井さんに立ち会ってほしいんです」

先生、本当にお世話になりました。

翌朝早く、私は病院にたどり着きました。
無理に休みを取るため、上司や同僚に仕事のフォローを頼み込んだうえで、前日はほぼ徹夜で資料作成などの仕事を片付けたため、朝から既にヘトヘト状態です。

しかし、いくら自分が忙しいからといって、代わりに父に立ち会わせたところで、足手まといになるだけなのは容易に想像できたので、私が立ち会うしかありません。
また私が横に付きそうことで、母の興奮を少しは抑えることができるかもしれません。
古い病院で、隔離室の環境がかなり悪いことを知っていた私としては、閉鎖病棟とはいえ、せめて普通の病室に留めてあげたいな、と考えていました。

主治医と一緒に病室に入ってきた私を見た母は、「おぉ、孝治。やっと退院できることになったか」と興奮しながら言いました。
そして、私や主治医が口を挟む暇も与えずに「先生、本当にお世話になりました。息子が迎えに来てくれたので、これで失礼します」と言い、ベッドから立って衣類などを詰め込んだカバンを抱えました。

後で知った話なのですが、退院を切望していた母は、私や看護師が病室備え付けのキャビネットなどに片付けておいた私物のほとんどを鞄に詰め込み、いつでも退院できるように準備していたそうです。

一瞬、虚を突かれた感じになった主治医は、気を取り直して「横井さん、申しわけないのですが退院ではありません。病棟を移っていただくことになりました」
と、どうにか用件を伝え、続けて「荷物もあるので、息子さんにも手伝いに来てもらったんですよ」と言いました。

私もそれを受けて、「そうそう、母さん。『無理をせずに、しっかり治そう』って、この間も話をしたでしょ」
と、話を合わせます。

「……。なんで、なんで……」
「母さん?」
「なんで、孝治はわかってくれないんだ!」
母の叫びが病室に響きました。

【激動編・第22回】奈落。 その5については、こちらへ。

関連サイト

  • おやろぐ
  • あなたの会社専用の介護ポータルサイトを構築するサービス『KAIGOW(カイゴウ)』

スポンサーサイト

スポンサードリンク