親ケア奮闘記Part4【激動編】

【激動編・第18回】奈落。 その1

一生許さんからな!

母からの「攻撃」が始まったのは、その日の夜でした。

父と別れた後、大阪の自宅へ帰ってほどなく、母から電話があったのです。
それまではテレホンカードを渡していても、母が電話をしてくるようなことはなく、私からかけるばかり。
思い起こしてみれば、母は心の病気になる前でも、自分から電話してくることは滅多にありませんでした。
毎日遅くまで仕事をしている私のことを、母なりに気遣ってくれていたのでしょう。

そんな母がわざわざ電話をしてくるとは、余程のことです。
おそらくは、早く退院させてくれというアピールなんだろうなぁ……、
などと思いながら電話を取ると、「よくも私をダマしてくれたな!」との第一声。

一瞬、答えに詰まる私に対して、母は追い打ちをかけるように、「孝治! お前のことは、一生許さんからな!」と怒鳴りました。

正直、わけがわかりません。
「……母さん、どうした?」と、おそるおそる尋ねると、「母さんなんて呼ぶな! お前なんか子どもでも何でもない!」と一喝。
とりつく島もありません。

いくら病院に戻るのがイヤだったとしても、ここまで母が怒り狂うとは予想外でした。
主治医や看護師たちから「最近はちょっとしたことで興奮する」と聞かされていても、本質的に内向的で、トラブルがあった際などでも誰かを責めるのではなく、自分自身ばかりを責めていた母の姿を間近に見て育った私としては、なかなか信じられなかったのです。

ましてや何十年にもわたって溺愛してきたひとり息子の私を怒鳴りつけるなど、想像もつきませんでした。
自分で言うのもなんですが、生まれて以来、身体こそ弱いものの総じて「良い子」だった私は、両親に叱られた記憶がほとんどありません。
私に対する母の信頼は、どんな状況になろうと揺るぎないものだと思っていました。

殺してやる。

私が学生時代のある日、母と2人でテレビのニュース番組を見ているときに、殺人事件の報道が流れていてことがあります。

そのとき母が「孝治、もしお前が誰かを殺したとしても、私だけはお前を最後まで助けてやる。
お前が殺そうとまで思うのなら、相手は殺されるべき人間なんだ」と言い出しました。
「いや、別に殺したいヤツなんていないし、今後も人を殺すつもりなんかないから」と言っても、「大事なことだから覚えておいてくれ。私は何があってもお前の味方だ。
誰かを殺さなければいけないことがあったら、私が代わりに殺してやる」と真顔で続けました。
あまりに唐突だったこともあって、そのときの記憶は私の脳裏にこびり付いています。

そんな母が、私に対してストレートな怒りをぶつけている。
怒鳴られている内容以上に、私はそのことがショックでした。

「母さん、とりあえず落ち着いて」
「……してやる」
「え? 何、母さん?」
「お前と、お前の子どもを殺してやる」
「なんだって?」
「家族のフリをしてダマしやがって!」
「フリって……」
「何十年も、ダマしやがって!」
「だから、何をダマしたって……」
「うるさい! 黙れ! 死ね!」

私は返す言葉を失ってしまいました。
携帯からは、母の罵声が延々と聞こえてきます。

自室に籠もったまま、いつになっても出てこない私をいぶかしんで、妻が「どうしたの?」とドアをノックするまで、私は携帯を握りしめたまま座り込んでいました。

【激動編・第19回】奈落。 その2については、こちらへ。

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