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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第17回】暗転。 その4

とっくの昔に死んどるもん。

娘におもちゃと本を買い与え、両親の待つ美容室に戻ると、髪を綺麗にカットしてもらった母がヘアカラーをしてもらいながら、大きな声で美容師に何かを話しているところでした。

「それで、うちの息子が小学校の頃、絵のコンクールで賞状をもらったときは……」

どうやら、私のことを話題にしていたようです。

私の姿に気がついた美容師が、こちらを振り向き、「ずっと息子さんのお話をされてたんですよ。自慢の息子なんだって。お母さん、やさしい息子さんを持って良かったですね」と言いました。「お父さんは、やさしいよ」と、おもちゃを買ってもらったばかりの娘も、私のことを持ち上げます。

それに続いて母が私のほうを見ながら、「そりゃ、孝治がいなかったら、私はとっくの昔に死んどるもん。孝治が3歳ぐらいの頃にお父さんにひどい目に遭わされて、なにもかもイヤになったことがあったけど、孝治に『一緒に死んでくれ』と言ったら、『ボクは死にたくない。ママと一緒に生きたい』と言ってすごく泣かれた。その姿を見て、くよくよしている場合やない。この子を守ろうと思った。それから孝治のためになることなら、なんでしてやろうと思って大学にも行かせたし、いつでも孝治が戻ってこれる故郷を作ろうと、家も買った。こうやって生きているのは、みんな孝治のおかげなんだ」と、トツトツと語りました。

私自身はこの話を何十回となく聞かされているので、何を今さらという感じなのですが、美容師の心には何かが届いたようで、「本当、お互いを大事に思う、幸せそうなご家族で何よりですね」と、目を潤ませながら言われました。

言ってはなんですが、初対面の美容師とする会話にしては重たすぎる気がして、なんとも居心地の悪さを感じます。気恥ずかしいというか……。

そんなの関係あるもんか。

すると、このタイミングで、父が「本当にありがたいことです」と発言。

「いやいや、父さんが母さんに苦労させなければ、そもそも死のうと思ったりしなかったんだから」と、すかさずツッコミを入れる私。

一拍置いたあとで「そりゃそうだ」と笑い出す、母と美容師。やりとりがよくわからないもの、ニコニコしている娘。なぜか照れながら頭をかいている父。

父のいつもの調子に、このときばかりは助けられました。

その後しばらく、母のヘアカラーやシャンプーなどを待ち、美容室を出る頃には、母のテンションもすっかり落ち着いていました。

同じ病室のIさんに渡すお土産も買い終え、「そろそろ病院に戻ろうか」と私が言うと、能面のような表情で返事すらしてくれません。駐車場に向かう間、気まずい沈黙が続きます。

車に乗り込み、病院へ向かおうとすると、「このまま家に帰らせてくれ」と言い出す母。
「無理だって。病院を出るときにも『◯時頃帰ってきます』と伝えていたのを見てるでしょ」
「そんなの関係あるもんか。私がどんなにツライ思いをしてるか、知らないからそんなことを言えるんだ。あの病院は、人の物を勝手に取り上げるし、寝ている間に背を小さくしたりするし、恐ろしいところだぞ」
「まぁ、本当に背を小さくするのなら、恐ろしい技術力だな」
「本当やぞ!」

ここでまた父が助け舟のつもりなのか、口を挟みます。
「今日は戻って、2、3日だけ泊って退院すれば良いがね」

「あかん!」「イヤだ!」と、同時に叫ぶ、私と母。
結局、行きのときの大騒ぎが嘘のように、ムッツリと押し黙ったまま病院に戻りました。

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