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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第15回】暗転。 その2

サンキュー、ベリマッチョ!

1週間ぶりに面会に行くと、母はすっかり別人のようになっていました。

少しは心が和むかなと思って、久々に娘を連れて行ったのですが、和むどころか抱きつかんばかりの勢いで大歓迎です。

「久しぶり! よう来てくれた!」
「母さん、調子は?」
「調子もクソもあるか! サンキュー、ベリマッチョ!」
「……ちゃんと、ご飯食べてる?」
「元気すぎて、怖いぐらいだ!」
「……まぁ、確かに」
「○○ちゃん、ゆっくりしていって! 孝治、みんなで売店行って、お菓子を食べよう!」

母の異様に高いテンションと、どうにも噛み合わない会話のため呆気にとられ気味の私を尻目に、母は娘の手を引いて、勝手に面会室を出て行こうとします。

「あ、ちょっと待って! ○○先生から外食の許可はもらっているから、一緒にご飯を食べに行こうよ」
「おぉ、さっすが孝ちゃん! 気が利くなぁ! 好き好き、大好き!」
「……いや、だからそのテンション、おかしいって」

ここで、それまで黙っていた父が口を挟みました。
「○○ショッピングセンターに行けば、いろいろ食べるところもあるがや。母さん、行こう」
「私は、あんたの母さんじゃないって! アハハハハ!」
母の返しは、上機嫌というレベルを超えています。

「お婆ちゃん、大丈夫?」
娘も不思議そうな目で母を見つめていました。

正直なところ迷っています。

面会の前、父と娘に飲み物を買い与えて待合室で待つように言い聞かせた私は、主治医と10分ほど話していました。

主治医によると、ここ最近の母はテンションが上がりっぱなしで、周囲の人間にやたらと話しかけてくるとのこと。他の患者との小さなトラブルも増えており、外泊はおろか、しばらくは外出も見合わせて治療に専念させたいとの話でした。

「先日の外泊のとき、病院の遠足を随分、楽しみにしていたのですが、そちらも難しいでしょうか?」
「これから状態がどう変わっていくかによりますね。これ以上、他の患者さんとのトラブルが増えるようだと、外に連れ出すのは難しいです。場合によっては、また閉鎖病棟に戻っていただくことになるかもしれません」
「やはり、また向精神薬を飲ませたほうが良いんでしょうか?」
「ほかの先生方とも話し合っているんですが、すごく悩ましいところです。以前もお話ししたかと思いますが、 横井さんのお母さんは薬が効きにくく、副作用が出やすい体質なんです。通常の患者さんに処方する半分以下の量を飲んでもらっても、強い副作用が出たりしていましたし、万一、また悪性症候群にでもなったらと思うと、どのタイミングで投薬を再開するか、何を処方するのか、正直なところ迷っています」

主治医に「迷っている」と正直に言われても、私に何ができるわけでもありません。
言葉もなく、うなだれるだけでした。

「電話で横井さんにご了承いただいた通り、現在は個室に移ってもらったのですが、廊下に聞こえるぐらいの大声で歌っているときもあります」
「……母が、歌ですか?」

しつこいようですが、母はどちらかと言えば内向的な性格で、私ですら母が大きな声で歌っている姿など見たことがありません。母の心に、何か大きな変化が起きているのは間違いないようです。

「とりあえず、今日はお孫さんも来ていただいたことですし、一緒に外食にでも行ってこられてはどうですか?」
「いいんですか?」
「えぇ、うまいことガス抜きになって、落ち着いてくれれば一番なんですが。先ほどもお話ししたように、今より状態が悪くなったら、しばらくは外出できないでしょうし」

これまで積み上げてきたものが崩れそうになっていることに、悲しみといらだちを覚えながら、私は父と娘を迎えに行き、母の待つ面会室へと向かったのです。

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