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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第13回】退院に向けて。 その5

病院へ戻ろうか。

朝食の間も、母の様子に大きな変化はありませんでした。

家のあちらこちらを珍しそうに見渡す程度で、「母さん、入院前は家中に盗聴器や盗撮カメラが仕掛けてあるとか言ってたんだよ」と私が話すと、「なんでそんな変なこと言ってたんだろ?」と首をひねっています。

「携帯電話が怖くてたまらないとかも言ってたよね。で、父さんが『ワシも怖いがや』とか言って、ややこしいことになったんだよな」
「母さんが怖がってたから、ワシも怖い気がしたんだがね」
「携帯が怖いわけないじゃん。今はどうなの、父さん?」
「孝ちゃんが簡単な携帯を買い直してくれたから、もう怖くないです」
「その割には、充電器に戻さず、カバンの中にしまいっぱなしだろ?」
「はい、すいません」
「だから、心のない謝罪はやめろって」
「はい、すいません」

そんな私と父のやりとりを聞いているうちに母が「アハハハ」と、さもおかしそうに笑い出しました。
「元気になるって、良いことだなぁ。こうやって家族で笑いながらご飯を食べられるようになるとは、思いもしなかった」
「母さん、頑張ったからな」
「ワシも頑張ったです」
「「いや、頑張ってないから」」
私と母のツッコミが見事に重なり、次の瞬間3人で大笑いになりました。

母の表情が暗くなったのは、私が「そろそろ家を出て買い物に行って、そのまま病院へ戻ろうか」と言ったときでした。

ほら見ろ、孝治。

「病院へはもう戻りたくない」
「……母さん」
「このまま退院させてくれ」
「ごめん、そうはいかない」
「あの病院のなかで、どんなつらい思いをしているかわかるか?」
「あと、もう少しの間なんだから、頑張ってよ」
「イヤなものはイヤだ」
「……母さん」

母は、父のほうに顔を向けて尋ねました。
「お父さんは、私が家にいるのといないのだったら、どっちが良い?」
「そりゃ、いたほうが良いに決まっているがね」
「ほら見ろ、孝治」

私は慌てて話を遮りました。
「それは早く病気を治して、戻ってきてほしいってことだろ」
「母さんも、もう治ったようなもんだがね」
「お前は、黙れ!」
「孝治、お父さんに『お前』と言うのは良くない」
「だから、母さんも黙って!」

それから30分ほど、病院に戻ってあとしばらく養生をしてほしいこと、病状が悪化したら元も子もないことなど、必死の説得を行い、なんとか「孝治がそこまで言うなら、もう少しだけ我慢する」との言葉を引き出しました。

買い物や昼食を済ませた後、病院へ戻る車の中でも母は、「早く退院させてほしい」「私を病院に閉じこめてどう言うつもりだ」などとこぼし続け、私が「そういえば病院の遠足ってもうすぐじゃなかったっけ?」と目先を変えるネタを思い出して話を振るまで、車内の空気はピリピリしたものになっていました。

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