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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第12回】退院に向けて。 その4

転んでまうがね。

その後、両親が寝静まった後で洗濯や乾燥をしたり、持ち帰った仕事を片付けたりしているうちに深夜に。そろそろ寝ようとしていると、両親の寝室で明かりをつける音がして、その後で「よっこらしょ」という声が聞こえました。

ふすまを開けて覗いてみると、父が明かりを煌々とつけトイレに行こうとしています。「せっかく母さんが寝ているんだから、明かりをつけたら起こしちゃうだろ」と、小さな声でたしなめると、「あぁ? 今からしょんべん行くところだがね」と大きな声で返してきます。
「だから、静かにして。明かりをつけるにしても、せめて豆球にしろって」と注意すると、「暗かったら、歩きにくいがね。転んでまうがね」と再び大声でこたえ、母が休んでいるベッドの枕元の近くをのしのし歩いていってしまいました。

見かねた私が明かりを消そうとしたとき、「う〜ん」と母がうなり、薄目を開けました。
「あ、ごめん、母さん。すぐ明かりを消すから、休んでて」
「……ん? あぁ、いつものことだから」

母が入院する前にも、何回かリビングで寝たことがあるのですが、言われてみれば確かにそんなことがあったような気がします。ただ、そのときは母の状態が心配だったり、これからどうなるのかという不安があったりで、父の身勝手な振る舞いにはあまり意識が向いていませんでした。

しかし、精神に病を抱える母にとって、普通の人以上に睡眠は大切なものです。不安や興奮によって眠れなくなり、それに伴って脳が疲れ、さらなる不安や興奮に繋がるという悪循環は常識とも言えるもの。主治医からも、最低8時間は熟睡させてほしいと頼まれており、それは父にも十分言い聞かせていたことでした。

ただ、ここで父を叱りつけて、母を心配させたりしては、これまで積み重ねてきたものが無駄になってしまいます。結局、私はいらだちを抑え、両親が再び眠りにつくまで見守りました。

ちょっと待っとってちょー。

翌朝、7時頃に両親の寝室を覗くと、いびきをかいて眠る父と、ベッドに座ってそれを見つめる母の姿がありました。

「母さん、おはよう。もっと寝てていいのに」
「なんか、こうやって父さんと同じ部屋で寝るのも久しぶりで、早く目が覚めちゃった」
「もう少し休んでて。着替えたら、朝ごはんの準備をするから」
「私がやろうか?」
「ダメ。まだ家のことをやるのは禁止。少しずつ慣らさなきゃいけないって、◯◯先生も言ってたでしょ」

そんなやりとりの後、掃除と朝食の準備、新聞の取り込みなどを済ませて再び両親の寝室に入ると、母はもう着替え終わっていました。

「母さん、そろそろ食べようか?」
「わかった。ほら、父さん起きて」
「うーん……」
「起きなさい。孝治がご飯のまわし(用意)をしてくれたから」
「……わかった」

着替えやトイレでもたもたする父を尻目に「どうせ父さんは時間がかかるだろうし、先に食べようか」などと話していると、「ちょっと待っとってちょー」などと父の慌てた叫びが聞こえました。

いそいそと自分のいすに座る父。普段の父からするとかなり早めに準備ができたので、その理由を尋ねると「ワシだって、母さんと一緒に朝飯が食べたいがや」とひと言。

なんだかんだ言って、母がいない毎日を一番寂しく感じていたのは、この父なんだろうなぁ、などと思ったものです。

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