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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第10回】退院に向けて。 その2

父さんは黙ってて!

母の入院以来、初めての外泊の日。

父と2人で迎えに行った私が、一番緊張していました。せっかく、ここまで回復してくれたのです。病状を悪化させるようなわけにはいきません。

いつものようにナースステーションに声をかけて、母の病室をのぞくと、既に手荷物をまとめ、ジャンパー姿の母が同室のIさんに何かを一生懸命話しかけているところでした。

少し様子を見ていると、「私の留守の間、何か困ったことがあったらこのボタンを押して」と、今さらながらナースコールの説明をしたり、「少し、寒くない? 毛布をもらってきてあげようか?」と言ったりして、やたらと世話を焼いています。

一区切りついた頃を見計らって「母さん」と声をかけると、「孝治、ちょっと待ってくれ」と言って、まだ世話を焼こうとします。横から父が、「そんなの放っておいて、早く鰻を食べに行こまい」と言うと、「父さんは黙ってて!」と強い口調で話を打ち切り、またIさんの世話に没頭し始めました。Iさんは少し困ったような笑みを浮かべ、そんな母を見つめています。

それから5分ほどが経過し、いつまでもこうしているわけにはいかないので、再び「母さん、そろそろ行こうか」と促すと、「そうだなぁ」としぶしぶ頷き、「それじゃあ、行ってきますから。私がいなくても、元気で過ごしてください」など、くどくどと別れの言葉を伝えていました。

神様のようだ。

Iさんとの別れに、やたらとナーバスになっているように見えた母ですが、いざ車に乗り、昼食の鰻屋へ向かうときには上機嫌でした。

「こうして家族で一緒に家に戻れるようになるなんて、 孝治も◯◯先生(主治医)も、神様のようだ」
「神様は大げさだろ。母さんが、しっかり頑張って治療に励んだからだよ」
「いや、私だけでは、どうにもならなかった。父さんは、こんな感じだし」

急に話を振られたと思った父は、「ワシは鰻定食が良いです。早く食べたいです」と、緊張気味に答えました。

「確かに、これじゃ頼りにはならないよなぁ」
「孝治もそう思うだろ」
「そんなことあらすか。なんでもワシにまかせてちょー」
「「「アハハハハハ」」」

久々に親子3人で笑いながら、ハンドルを握る私は喜びを噛み締めていました。

こうして軽口がたたけるほどに回復できたのなら、実家を目の当たりにしたり、夜を過ごしたりしても、大丈夫な気がする。あと何カ月もすれば、元の平穏な暮らしに戻れる気がする。あとちょっと。あとちょっと頑張ろう。

病気になる前の話し好きだった姿を思い出させるような、よくしゃべる母の声を聞きながら、私はそんなことを考えていました。

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