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親ケア奮闘記Part4【激動編】

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【激動編・第4回】振り出し以下。 その2

弁当はちゃんと断っておくがね。

母の病室に戻って、しばらく後。少しだけ冷静さを取り戻した私は、父に状況を連絡することにしました。取り立てて何かの役に立ってくれるわけではないでしょうが、さすがに無視するわけにもいきません。

「もしもし、孝ちゃん? 今度はいつ帰ってくるの?」
電話に出た父は、無邪気に話しかけてきます。
「いや……」
「次はみんなで、おいしい中華料理を食べに行くがね」
「あの……」
「大丈夫。弁当はちゃんと断っておくがね」
「そうじゃなくて……」
「ワシも普段、独りで頑張ってるんだから、孝ちゃんが帰ってきたときぐらい、おいしいものが食べたいがね」
「いいから、ちょっと黙って話を聞け!」

病院の中庭で携帯を握りしめて大声を出す私の姿を、何人もの患者たちが驚いて見つめています。私は再び声を潜めて父への話を続けました。

「とりあえず、少し黙って話を聞いてくれないか?」
「わかったがや」
「実は今日、母さんの病院に来ているんだ」
「えぇ〜、なんでワシも……」
「黙れ」
「……」
「母さんが、危ないらしい」
「……ん? 危ないってどういう意味だ?」
「言葉の通りだよ。今日明日ということはないんだろうけど、 重い副作用が起きていて、場合によっては命に関わるらしい」
「えぇっ! なんで? 絶対に治るって言ってたがや!」
「悪性症候群っていう状態らしくて……」
「この間も、元気そうだったがや!」
「とにかく、また後で連絡するから、家で待ってて」
「母さん、母さんに電話を替わってもらってほしいがや!」

プチ。
わかってはいたことですが、私の気持ちはさらに落ち込み、無言で携帯電話を切るのが精一杯でした。

私を、殺してくれ。

母の意識が戻ったのは、私が諦めて実家に帰ろうと思った頃でした。熱や息苦しさのせいか、うめきながら目を覚ました母は、しばらくボーッとした後でベッドの横にいる私の存在に気づきました。

「孝治……」
「母さん、大丈夫か?」
「私を、殺してくれ」
「……!」

返す言葉のない私。沈黙のときが流れ、気づいたら私は母の手を握りしめていました。ひどく熱っぽく、手の平を通して母の苦痛が伝わってくるかのようです。

「母さん、そんなこと言うなって」
「こんな苦しい目に遭って、生かされているだけなら、死んだ方がマシだ」
「お願いだから……。じきに良くなるから……」
「私の病気は治らん。この病院には何十年も入院している人がいっぱいいる」

確かに、母のいる閉鎖病棟には長期入院している人も少なくありません。精神の病気ですべての判断力が失われてしまっているわけではなく、母なりに多くの葛藤を抱えて入院生活を送っていたことに、改めて気づかされた思いでした。

「……ごめん。母さんが諦めようと、俺は諦めない」
「孝治……」
「まずは身体を治そう」
「……わかった」

その後、私は主治医の許可を取ったうえで、のどの渇きを訴える母のためにポカリスエットを買いました。上体を抱えるようにして支えながら、私の手に持ったポカリスエットを口元に持って行くと、少しずつ味わうように飲み、「こんなに、うまいもんだったかなぁ」と顔をゆがめながら笑う母を見ながら、泣きそうになったのを覚えています。

おやろぐ
親ケアでんき