親ケア奮闘記Part4【激動編】

【激動編・第3回】振り出し以下。 その1

悪性症候群。

動かないままの母を病室に残して、私と主治医は診察室へ。
私にイスに座るように促した後、主治医はカルテを睨みつけるようにして、しばらくの間、黙りこくっていました。

「先生?」
私の呼びかけに意を決したのか、主治医は声を絞り出すように話し始めました。
「お母さんは、悪性症候群です」
「……悪性症候群、ですか?」
聞き覚えのない病名です。

「えぇ、正直なところ、極めて最悪に近い状態です」
「母は大丈夫なんですか?」
「ご安心ください、とは言えません。
 悪性症候群というのは、向精神薬が起こす副作用のなかで、最も深刻なものなんです」
「母の意識は?」
「起きておられるときも、かなり朦朧とした状態ですね。
高熱、意識障害、頻脈、筋肉の硬直やふるえといったものが悪性症候群の主な症状です。
脱水症状や栄養障害、呼吸障害、循環障害、腎不全などを併発することもあります」

いかにも厄介そうな単語のオンパレード。
聞いているだけで、気が滅入ってしまいます。

「なんでまた、こんな状態に……。キツイ薬は使っていないという話だったんじゃ……。」
「最近の向精神薬は進歩しているので、そもそも悪性症候群になる人自体が極めて少ないですし、万一、悪性症候群になったとしても、特別な治療薬を使えばほとんど快方に向かうんです」
「はぁ」
「ただ、お母さんの場合、最新の向精神薬はなかなか効いてくれませんし、通常の半分程度の量に減らして投与しても、副作用が出たりしていたんです」
「そういえば、以前もそんなことを言っておられましたね」
「そこで、ここ1カ月ほどは古い世代の薬、2〜30年ほど前によく処方されていた向精神薬を少しずつ試しながら使っていました」
「はぁ」
「量的にもごくわずかですし、私が知る限り、この量で重篤な副作用が出ることはあり得なかったんです」
「それでも……」
「……えぇ、お母さんは悪性症候群になってしまった。
そして悪いことに、悪性症候群の治療薬にも、強い副作用を起こしてしまったんです」

お母さん自身の体力を信じるしかありません。

「先生の治療には問題がなかった、と……。
 医療ミスというわけではないんですね?」
いつしか私は、主治医を責めるような言葉を口にしていました。

「……。私たちプロが付いていながら、お母さんがこういう状態になってしまったことには、申しわけない気持ちでいっぱいです。
 ただ、お母さんに良くなっていただくために、これまで私たちが精一杯のことをやってきたのも本当なんです。
 横井さんにもできる限り細かい情報をお伝えしてきましたし、他の医師やかつての恩師にも教えを請い、さまざまなアドバイスをもらって、0.01mg単位で薬を調節してきました」
「えぇ、その点は感謝しています」
「そうした過程のなかで、大きなミスがあったとはどうしても思えないんです。
 まずは、24時間体制でお母さんが回復されるように全力を挙げます」

こう言われると、いつまでも怒っているわけにもいきません。
「今後、どのような治療をしていくんですか?」
「治療薬が使えないわけですから、すべての向精神薬の投与を中止しています。
 解熱剤や栄養などを点滴で入れるだけですね。
 あとは氷枕などで熱を下げるようにしながら、お母さん自身の体力を信じるしかありません」
「もし母が悪性症候群から立ち直ったとして、先生はどんな治療をされるおつもりですか?」
「まだ、そんな先のことを考えられる状況ではないんですが、今まで通り、いや今まで以上に頑張ります」

主治医との話を終えて、母の眠る病室に戻った私は、なんともやりきれない気持ちになっていました。

精神に異常をきたした母に治ってほしいという一心で、頑なに入院を拒んでいた母を強引に病院へ連れてきた挙げ句、生きるか死ぬかの瀬戸際にまで追い込んでしまっているわけです。

「これじゃぁ、振り出し以下だよ……」
誰に聞かせるわけでもなく、私はそうつぶやきました。

【激動編・第4回】振り出し以下。 その2については、こちらへ。

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