親ケア奮闘記Part4【激動編】

【激動編・第31回】変化。 その1

最近、お腹が空いて……。

たまに外出をするようになってから、母は急ピッチで復調していきました。
凍り付いたようになっていた表情にも時折笑顔が見えるようになり、私や父だけでなく、主治医や看護師、他の患者との交流も少しずつ見られるようになりました。

足元がふらつくため、車いすは手放せないものの、外出を再開して1カ月が過ぎる頃には、左斜め前に大きく傾いていた上半身はほぼ真っ直ぐに、上半身以上にねじれていた首も、あまり違和感がない程度に戻ってきました。
「毒が入っているから」と言って、ほとんど拒否していた病院内での食事も、「最近、お腹が空いて……」と残さず食べるように。

主治医が悩みに悩んだ末に選んだ、「薬に頼るだけでなく、家族の絆を信じてみよう」という作戦は、結果として大正解だったのです。

外出が終わって病院に戻るときや、面会を終えて私や父と別れる際には、不満を言ったり、寂しそうに振る舞ったりはするものの、どうしようもないわがままを言うということもなくなりました。

母の回復と歩調を合わせるかのように、父もすっかりご機嫌です。
病院からの帰りの車での会話で、こんな場面がありました。

「母さんが治って、良かったがね」
「まだ、治りきったわけじゃないけど、確かに良かったなぁ」
「ここまできたら、もう大丈夫だがや」
「いや、油断は禁物だって……」
「絶対に大丈夫。ワシにはわかるがね」
「……なんで?」
「ワシらは夫婦だもん」
「なんだよ、それ。理由になってないって」
「早く母さんに戻ってきてもらって、前みたいに世話をしてもらわないと困るがや」
「こら!」

どこまで行っても、父は父。
自分のことがすべてにおいて優先されるのは変わらないようです。

怒らないなら言うがや。

そんな父にも、変化が見られるようになりました。
デイサービスでの出来事を、私に一生懸命に話すようになったのです。

それまではこちらからうまく尋ねて、様子を探ったりしていたのですが、大阪から電話をかけて話しているときでも「孝ちゃん、今日はデイサービスで○○をしたがね」などと、自分から積極的にデイサービスの楽しさをアピールしてきます。

また、これと同時に、昼と夜に自宅へ食事が届く配食サービスについても、「今日の弁当は○○が入ってて、うまかったがね」などとほめることが増えました。

あるとき、不思議に思った私が「父さん、最近デイサービスや配食サービスのことをよくほめるようになったね」と言うと、「ありがたいことです」と、相変わらず要領を得ない答え。
「ふ〜ん……。もしかして、何か頼みたいことでもある?」
「頼みたいことっていうか……」
「できるかどうかわからないけど、聞くだけは聞いてやるから、早く言ってみな」
「孝ちゃん、怒らない?」
「怒るかどうかは内容によるけど」
「本当に、怒らない?」
「だから、内容によって……」
「怒らないなら言うがや」
「……面倒くさいなぁ。わかった、怒らないって」

次に父が言った言葉は、私にちょっとした驚きを与えました。
「母さんとデイサービスに一緒に行きたいがね」
「……」
「配食サービスの弁当も、一緒に食べたいがね」
「……」
「あと、なんとかいうお手伝いさんみたいな人が家事を手伝ってくれるヤツ、 アレを使ったら、母さんも楽になるんじゃないかと思うがね。
 ……孝ちゃん? 聞こえとるか?」

父は父なりに母のことを思いやっており、無事に退院できた後のことも考えているんだ。
そんな当たり前のことを知った私の言葉は、普段より何割か優しかったはずです。

「うん、聞こえてるよ。あと、そんなことで怒るはずないよ」

【激動編・第32回】変化。 その2については、こちらへ。

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