民生委員って知ってますか?
「息子さん、民生委員って知ってますか?」
Kさんは私のほうに向いて、こんな質問をしてきました。
「いえ……、どういうものなんですか?」
「簡単に言えば、地域の福祉関係のお世話役みたいなものです。ボランティアとして、困っている方をいろいろな形でお手伝いしているんですよ」
「はぁ……」
「全国各地で多くの方が民生委員として活動されていますし、もちろん、横井さんのお宅の近くにもおられるんです」
「へぇ、少しも知りませんでした」
「横井さんのお宅から一番近くの民生委員さんは、Sさんという方です」
「はぁ……」
「勝手なんですが、実はさっき私のほうからSさんに電話して、横井さんの個人的な情報はすべて伏せたうえで簡単に事情を説明して、『もし、ご家族から緊急時の連絡先になるよう依頼されたら、引き受けていただけないでしょうか?』とお願いしてみたんです。そうしたら、『私でお役に立つことなら、喜んで』と言ってくれました」
「……そうなんですか。ありがとうございます」
私はKさんの手際の良さに心から驚くとともに、一度は諦めた緊急警報装置が利用できそうなことに喜びを感じていました。
「緊急警報装置の貸与についての申請書類は、うちの事務所にもありますし、役場のほうでも、『民生委員さんが連絡先になってくれるなら問題ない』と言っていました」
「あ、はい」
「もし良かったら、隣の事務所の電話からSさんに電話して、息子さん自身の口からお願いしていただけないでしょうか? 今日はずっとご在宅だそうですから」
父さん、何を一生懸命話してるの?
Kさんに父の相手をまかせて、教えてもらった番号に電話をすると、ほどなく年輩の女性が出ました。
Kさんからの紹介で電話した旨を伝えると、すぐに要件を察して、「緊急警報装置の件ですね。喜んでお引き受けしますよ」と言ってくれました。
「私の住所や電話番号など、必要な情報はすべてKさんにお伝えしていますし、○○在宅介護支援センターには私もよく行くので、そのときに書類へ署名や捺印もさせてもらいます」
「本当にありがとうございます」
「いえ、困っている人のお役に立てるのなら、私も嬉しいですから。あ、一つだけお願いがあるんですが」
「はい、何でしょうか?」
「近いうちに一度お宅に伺って、お父様ともお話しさせていただけないでしょうか?できれば私も、たまに顔を出して様子を見させていただきたいと思うので」
もちろん、私に異存があるはずがありません。
「ぜひ、よろしくお願いします」
Sさんに訪問してもらう日時を決めて、父とKさんの待つ応接室へ戻ると、父が嬉しそうに何かを話しているところでした。
「父さん、何を一生懸命話してるの?」
「……で、そのときボクが○○先生にお願いして、○○○○という機械を導入してもらったんですよ」
父は話すのに夢中で、私が声をかけたのにも気がつきません。どうやら、昔の仕事の自慢話を話しているようです。Kさんはあくまで優しい笑顔を絶やさず、「それは、すごいですね」「それは大変だったでしょう」といった合いの手を挟みながら、「それからどうなったんです?」などと続きを促しています。
「あの、Kさん……」
父の真横に座り、話を遮ろうとした私に対し、Kさんは目と小さな手振りで少し待つように合図。その後、父は30分近くもの間、かつての手柄などを嬉しそうに話し続けていました。