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親ケア奮闘記Part3【迷走編】

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【迷走編・第16回】父の入院。 その9

手術をすることになりました。

「何か俺に頼みがあるんだって?」と尋ねた私を見返した父の目は、赤く腫れ上がっていました。

「孝ちゃん……」
「ん? どうした? 何でも言ってみな」
いつになく優しく話しかける私に気が緩んだのか、父は涙をこぼし始めました。

「……欲しいものがあります」
「ん、何が欲しい?」
「……ワシはこのままだとおしまいです」
「いや、そんなことはないから」
「……孝ちゃんに助けてほしいです」
「何? 俺にできることならしてやるから」
真剣な父の姿に、私もマジメに聞かねばと思い、父の近くに寄ってベッド横のいすに腰掛けました。

「ワシは手術をすることになりました」
「うん、手術と言うほど大げさなものでもないみたいだけどね」
「癌です。もう、おしまいです」
「まだ癌と決まったわけじゃないし、先生も言っていたとおり、すごく早い段階での発見だから、そんなに心配することないって」
どうやら父は自分が癌だと信じ込んでいるようです。

「前にテレビで見たことがあるんですが……」
「ん?」
「大手術になったら、代わりの臓器が必要になることがあります」
「ん? だから?」
「もし代わりの臓器が要ることになったら、孝ちゃんのをください」

父さんは何を言ってるんだ?

一瞬、私は何を言われたのか、よく意味がわかりませんでした。

「え、何?」
「だから、孝ちゃんの臓器をください」
「……ちょっと待て」
「家族の臓器なら大丈夫なはずです」
「……待てってば」

これは何だ?
父さんは何を言ってるんだ?
臓器?
俺の臓器が欲しい?
なぜ欲しい?
自分が生きるため?
俺が死んでもいい?
なぜ?

「孝ちゃん、孝ちゃんってば!」
私が軽いパニックに陥っているのに焦れたのか、父が大声を上げます。
「孝ちゃん、聞いとる? 頼む、頼むがや!」

どうやら、父は本気で私の臓器を取り上げてでも、自分が生きたいと考えているようです。
どこの世界に、実の息子の臓器を積極的に奪おうとする親がいるのでしょうか。自己中心的な父だとは思っていましたが、私は驚くやら、あきれ果てるやらで、うまく言葉を発することができませんでした。

「いや、あの……」
「さっき孝ちゃんは、何でもくれると言ったがね!」

「大声を出して、どうしました?」
父の声が廊下まで聞こえていたのか、先ほどの看護師が入ってきました。
「今、孝ちゃんに大事なことを頼んどるんだがや!」
「何をですか?」

「実は……」
他人が入ってきたことで、ようやく自分を取り戻した私が事情を説明すると、看護師はしばらく絶句した後、「えっと……、大丈夫ですよ」と言いました。

その後、看護師と二人で手術といっても、臓器移植が必要な大規模なものではなく、内視鏡でポリープを摘出するだけの簡単なものであることを一生懸命に説明。どうにか父が安心して、臓器の話をしなくなったのは30分後ぐらいでした。

病室から出て行く際に看護師が私に言った、「大変なお父さんですね」という言葉は、今でも心に残っています。

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