親ケア奮闘記Part3【迷走編】

【迷走編・第9回】父の入院。 その2

怖い、怖い、怖い……。

○○病院と実家は、車で30分程度。
普段なら何ともない距離ですが、このときは大雨で、しかも夜です。
母が精神に異常をきたすまで、年に数回しかハンドルを握らなかった私にとっては、運転するだけでもかなりの緊張を伴う状況でした。

この当時の実家へと続く道は、1車線同士の対面通行のうえ、中央分離帯やガードレールなどもなく、少し入り組んだカーブもありました。
激しく降りしきる雨の中、ワイパーのスピードを最速にしても、ほとんど前は見えません。
前を走る車のテールライトを必死で見ながら、私はハンドルにしがみついていました。
対向車とすれ違うたび、そのヘッドライトに恐怖を覚えます。

私の後ろには、大きなトラックなど何台かの車が並んでいました。
モタモタした私の走りにシビレを切らしたのか、クラクションの音がうるさいぐらいです。
バックミラーを見ると、私の車に接触する寸前ぐらいまで後続の車が迫ってきています。

そしてしまいに、私の車を強引に追い越し始めました。
当然、後続の車は対向車線に大きくはみ出して走ることになります。
運転席横の窓から、大きなトラックが並んでいるのが見えました。

そのとき、少し先のカーブからこちらへ向かって走る、対向車のヘッドライトが見えました。
並走していたトラックは、何を思ったのか、私のほうに幅寄せを始めました。

「おい、おい、おい!」
半ばパニック状態の私は、ブレーキを踏むしかありません。
しかし、その私を威嚇するかのように、トラックの後ろにいた後続の車がすぐ側まで迫り、耳をつんざくようなクラクションを鳴らしました。

「ヤバイ、事故る!」と思った瞬間、並走していたトラックは何とか私を追い越し、目の前にトラックのテールライトが現れました。
私が慌ててブレーキからアクセルへとペダルを踏み替え、かろうじて後続の車の追突を避けると、対向車が猛スピードですれ違っていきました。

「怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……」
気がつくと私は、ひたすら「怖い」とつぶやき、震えていました。
この震えは、実家にたどり着いた後も、しばらく止まらなかったのを覚えています。

このときの私の心理状態は、映画「激突」でトレーラーに追われる主人公みたいなものだったんでしょうね。

死んでないから、ちょっと話を聞いて。

実家に帰り着いた私は、しばらく放心状態でした。
「もう、イヤ……。なんで俺、こんな目に遭ってるんだ?」
口をついて出るのは、言っても仕方がない愚痴ばかりです。

本当は熱いシャワーを浴びて、ベッドに潜り込みたいところでしたが、「着替えを持って戻ってこい」と医師に言われた以上、
病院に戻らないわけにはいきません。

私の運転テクニックでは車に傷を付けるおそれがあるため、普段は車庫入れを父にまかせていたのですが、その父は病院のなか。
実家の前の路上に車を停めると、父の入院グッズを準備することにしました。

パジャマや下着、洗面道具などをバッグ詰め込んでいるとき、ふと私は、今日の経過を母に連絡していないことに気がつきました。
心配性な母のことですから、イライラして連絡を待っているに違いありません。
病院の消灯時間にはまだ余裕があったので、電話を入れることにしました。

病棟のナースセンター直通の電話に連絡を入れ、母を呼び出してもらうと、待つ間の無いほど早く、母が出ました。
どうやら連絡を待ちわびて、ナースセンターに押しかけていたようです。

「孝治、生きてるか?」
「あ、あぁ」
「死んどらんか?」
「もちろん」
「父さんは、殺されたのか?」
「だから、父さんも死んでないって」
「じゃあ、2人とも元気なのか? 明日も面会に来てくれるのか?」
「……いや」
「どうした? 何があった? やっぱり父さんは死んだのか?」
「死んでないから、ちょっと話を聞いて」

私は母の質問を打ち切ると、父が脱水症状を起こしたらしいこと、大事を取って数日入院することになったこと、明朝に内視鏡検査を受けることになったので、母の面会には行けなくなったことを伝えました。

私が話し終わるまで黙っていた母は、思いがけないことを言い出しました。
「私、退院する」
「え?」
「先生にお願いして、病院にヒマをもらうから」
「ちょっと、何言ってるの?」
「私が父さんの世話をしなきゃ、誰がするの」
「だから、俺が世話をするし……」

この後、母を説得するのに30分以上の時間を費やすことになりました。

【迷走編・第10回】父の入院。 その3については、こちらへ。

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