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親ケア奮闘記Part3【迷走編】

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【迷走編・第7回】○○病院へ行こう。

内視鏡検査をしたほうがいいね。

「身体の水分が無くなると、いろんなところに障害が出てくるし、 年寄りの場合は、念のために調べておいたほうが良いよ」
医師は、私を諭すように言いました。

父の様子を見ると、点滴を受けながら眠りに落ちたようで、軽いいびきをかいています。
先ほどまでの苦しそうな表情も、収まったようです。

点滴が終わるまでの間、私は医師にいくつかの質問をすることにしました。
「○○病院では、どんなことを……?」
「多分、大丈夫だと思うけど、胃や腸が弱っている可能性が高いから、念のために内視鏡検査をしたほうがいいね」
「はぁ……。点滴が終わってからだと夜になってしまいますが、それでも大丈夫でしょうか?」
「だから、僕が頼んであげるから大丈夫だって。ちょっとここで待ってなさい」

医師は、奥の診察室に入っていきました。どうやら電話で連絡してくれているようです。
「……うん。……○○先生なら……」
途切れ途切れに聞こえてくる声を、聞くともなく聞いていると、急に医師が診察室から顔を覗かせて「お父さんの名前は?」と尋ねてきました。手には、コードレス電話の子機を持ったままです。

「横井陸夫です」
「患者さんの名前は、横井陸夫さん。後で息子さんが連れて行くから。うん、よろしく」
医師は電話を切ると、私の側まで戻ってきました。

「今、聞こえていたとおり、OKだから」
「ありがとうございます」
「息子さん、兄弟は?」
「いえ、ひとりっ子です」
「……まぁ、いろいろと事情はあるんだろうけど、お父さんを大事にしてあげて」
「はい」

病気はイヤでしょう?

点滴が終わる頃には、既に日が暮れていました。父は既に目を覚ましており、「ここはどこ?」「母さんは?」など、私にいくつかの質問をした後は、大人しく横になっています。

「父さん、気分はどう?」
「……だいぶマシだがね」
そう答える父の声は弱々しく、あまり大丈夫なようには聞こえません。

「点滴が終わったら、○○病院に行くから」
「なんで?」
「ちゃんと検査をしてもらわないと」
「大丈夫だがね」
「大丈夫な人は、こうやって点滴を打ってもらったりしないだろ」
「だから、この点滴で治ったがね」
「治ったかどうかを、調べてもらうんだって」
「イヤなもんは、イヤだがね! 病院はイヤだがね!」

父が声を荒げるのを聞きつけて、奥の診察室にいた医師が戻ってきました。
「息子さん、お父さんを興奮させないで」
「いや、そういうわけでは……」

医師は父が横たわるベッドのすぐ側に来ると、「横井さん、調子はどうですか?」と尋ねました。
「はい、おかげさまで」
「そう、それは良かった。今日、ご自分の調子が悪くなった理由がわかりますか?」
「……たまたま、です」
「また同じように倒れると、大変ですよね。」
「……倒れないから、大丈夫です」
「どうして倒れないとわかるんですか?」
「ワシの身体ですから」

父の受け答えを横で聞いているだけで、私はかなりイライラするのですが、医師は根気よく父に話しかけています。

「そう言えば、横井さんの息子さんは、立派な人ですね」
「ありがとうございます」
「横井さんも身体に気をつけないと、いけませんね」
「はい」
「大丈夫と思いますが、念のため、身体に悪いところがないか、チェックしておきましょう」
「いや……」
「横井さん、病気はイヤでしょう?」
「そりゃ、もちろん」
「まぁ病気にならないための、予防みたいなもんですよ」
「はぁ……」
「心配している、息子さんの顔も立てて上げないと」

父は、医師の近くに立つ私の顔をチラッと見ると、「わかりました。○○病院に行きます」と了承しました。

私は、医師が父を言いくるめる様子を、ただ眺めることしかできませんでした。

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