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親ケア奮闘記Part3【迷走編】

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【迷走編・第4回】父の異変。 その3

ご家族に会えて、少し興奮しましたか?

父がトイレから帰るのをイライラしながら待っていると、誰かが後ろから「横井さん、こんにちは」と声を掛けてきました。振り返ると、そこには私服姿の主治医が。

「あ、○○先生。いつもお世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
「今日は、休診なのでは?」
「いや、私は大体、休みの日も患者さんの様子を見に来ることが多いんですよ。今日は、病院にくる人が少ないから外来者用の駐車場に車を置いてましてね」
「あぁ、だから外来のほうに」
「お母さん、頑張っておられますよ」
「ありがとうございます」
「こうして閉鎖病棟の外にも、少しずつ出る訓練をしていきたいですね」

そのとき母が、口を挟みました。
「うちの主人が、あいつらに……」
「え、どうされました?」
「主人が殺されてしまったんです」

それまで穏やかだった主治医の表情が、少し驚いたものに変わりました。
「息子さん、何か変わったことがありましたか?」
「えぇ、実は……」

状況を説明しようとする私を制するかのように、母が主治医に訴えかけました。
「あいつらに主人が、変な薬を飲まされたんです!」
「いつもお話ししているでしょう? 『あいつら』なんて、いないんですよ」
「でも、主人が……」
「ご家族に会えて、少し興奮しましたか? 一緒に病棟のほうに戻りましょうか?」
「そんなことをしてたら、今度は息子が殺されて……」
「大丈夫ですから」

そっと母の手を引くようにして、主治医が母を病棟に連れて行こうとします。しばらく、2人のやりとりを見守っていた私ですが、様子がおかしくなった原因をちゃんと伝えなければと主治医に話しかけました。

「先生、実は父の具合が少し悪くて……」
「……そう言えば、今日はお父さんの姿が見えませんね。病気か何かで、ご自宅で休んでおられるんですか?」
「いえ、お腹の調子が悪いといって、さっきからそこのトイレに籠もっているんです」
「あぁ、そうでしたか。(母に向かって)横井さん、ご主人はすぐ戻りますから。ご主人の顔を見て、安心したら病棟に戻ってください。息子さん、よろしくお願いします」

主治医は、少しホッとした表情を見せると、そのまま駐車場へと去っていきました。

お父さん、生きとったのか?

そのまま待つこと、さらに10分。

さすがにしびれを切らした私は、母にどこにも行かないように言い含め、父の様子を見にトイレへ行きました。

トイレに入ると、どうやら個室はすべて和式のようです。閉まっている個室のドア越しに「父さん、大丈夫か?」と声を掛けると、「……孝ちゃん?」と小さな声で返事がありました。
「大丈夫?」
「……ゆっくり、うんこしてたら、足がしびれたがや」
「本当に、大丈夫?」
「立つのを手伝って……」
「わかった。とりあえず尻を拭いて、水を流して、ドアを開けて」

しばらくモゾモゾと動く気配があった後、トイレの水が流れ、ドアのカギが外れました。急いでドアを開けると、半分ほど下着を上げた父が、トイレの床に手をついてへたり込んでいます。
「おい、本当に大丈夫?」
「手を貸して……」

父をゆっくりと立たせて、個室の壁に持たれ掛けさせた私は、なんとか下着とズボンを履かせました。顔色自体は、さっきよりマシになっているようです。
「どう? 歩けそう?」
「肩を貸してくれれば……」

肩を貸すというか、実際にはほとんど横から抱きかかえるようにして、トイレを出ようとすると、そこには思い詰めた顔で立つ母がいました。

「お父さん、生きとったのか?」
「……?」
「どんな薬を飲まされた?」
「……?」
父は、母が何を言っているのか、よくわからないようです。そこで私は、助け船を出すことにしました。

「父さんがトイレに行ってる間に、 母さんが『父さんが変な薬を飲まされて、殺された』って言い出してさ」
「あぁ、母さん、そんなことないがね。ちょっと足がしびれただけだがね」
「そうか……。本当に何も薬は飲んでない?」
「飲むもんか」
「そうか」
母は、半信半疑ながらも、少しだけ安心したような顔をしました。

「母さん、さっき先生も言ってただろ。父さんの顔を見たら、病棟に戻っておいでって。一緒に連れて行ってあげるから、病棟に行こう」
「あぁ」
「父さんは、足のしびれが治るまで、待合室のベンチで座っておいて」

こうして私は、母を病棟へと送り届けることに。母と一緒に食べるつもりだったイチゴは、そのまま母に持たせました。

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