親ケア奮闘記Part3【迷走編】

【迷走編・第3回】父の異変。 その2

初めて、外に出たから。

1週間ぶりに会った母は、かなり落ち着いている様子でした。
まだまだ表情はぎこちないものの、笑顔を見せたりもしています。

「来てくれて、ありがとう」
「ちょっと元気になったみたいだね。少しは病院に慣れた?」
「うん、みんな良くしてくれる」
「それは良かった」
「ありがたくてありがたくて、感謝ばっかりしてる」
「そうか」
「もったいないぐらいだ」

このとき、私は少し違和感を覚えました。
病院に対する感謝の表現が、少し過剰に思えたのです。

「母さん?」
「……感謝しても、しきれないと思う」

やはり、しつこすぎる気がします。
心の病気になる数年前、母が体調を壊して別の病院に入院したとき、やたらとその病院を褒めまくって、退院したら手のひらを返したように悪口を言っていたことが思い出されました。
そのとき母は、「看護師や医者を褒めておけば、特別扱いしてもらえる」などと言っていました。

これも、何かの兆候なのかなぁ……。
今度、また主治医に聞いてみようと思いつつ、私は強引に話を変えました。
「母さん、今日は下着の替えと、イチゴを買ってきたよ」
「おぉ、ありがとう。
 あ、でも……。せっかく買ってきてくれても、お金をあげることができないから」
「お金のことは、心配いらない。
 この前、面会に来たときも言ったでしょ。父さんから預かってるから」
「そうか。忘れちゃったから」

病気のせいなのか、向精神薬の副作用のせいなのかわかりませんが、この頃の母は、少し前の出来事でも忘れてしまうことが多かったため、私は特に疑問に思いませんでした。

ほかの患者さんが使っているため、いつもの面会室が使えないことを母に伝え、一緒に閉鎖病棟の外に出ると、母は珍しそうに周囲をキョロキョロしています。

「どうしたの?」
「初めて、外に出たから」
「頑張って病気を治そうとしているから、お医者さんが病棟の外に出ても良いって」
「お日様を見るのも久しぶり……」

確かに、母の入院している閉鎖病棟では、すべての窓が小さく、鉄格子がはまっているため、外の景色などほとんど見ることができません。
まぶしそうに目をしかめながら、狭い中庭を見つめている母の姿を見ていると、かわいそうなことをしているなぁ、などという感情が湧いてきます。

意味なく自由を奪っているわけではない。早く治ってもらうためだ。
そう自分に言い聞かせながら、外来の待合室へと向かいました。
土曜の午後は休診のため、さっき病院に来るときに見たら、誰一人いなかったからです。

ちょっとトイレに行ってきます。

予想通り、待合室には誰もいませんでした。
自動販売機で3人分の飲み物を買い、小さなテーブルの横にあるベンチに腰掛けました。

コーヒーを飲んで、さらにほっとしたのか、母の表情はとても穏やかでした。
買ってきた下着を1枚ずつ確認して「このパンツ、いいなぁ」と話したり、看護師から預かった洗濯済みの厚手の下着を「持って帰る」と言う私に、「寒い夜もあるから」と1~2枚は置いて帰るように頼んだりと、入院前と比べて普通に意味のある会話ができることにも、内心、すごく嬉しく感じていました。

「孝ちゃん……」
これまで会話にまったく参加してこなかった父が、声を掛けてきました。

「あ、父さんごめんごめん。イチゴ一緒に食べて、帰ろうか」
「イチゴは、要らないです」
「え? まぁ、無理に食べなくてもいいけど」
「ちょっとトイレに行ってきます」
「大丈夫? 気持ち悪い?」
「大丈夫です」

父の顔色は、すっかり青ざめていました。
「一緒にトイレに行こうか?」
「孝ちゃんは、母さんの側にいてください」
「……」
「母さんのこと、お願いします」
「……わかった。トイレから戻ったら、家に帰ろう」
少しフラつきながら、父は待合室近くのトイレへと入っていきました。

母のほうを見ると、先ほど前のリラックスした感じが一転、険しい表情になっていました。
「孝治、どういうこと?」
「なんか、ちょっとお腹の調子が悪いらしくて」
「誰にやられた?」
「え?」
「誰にやられたかって、聞いてるの」
「やられたって、何を?」
「変な薬を飲まされたんだろ」
表情だけではなく、明らかに目つきがおかしくなっています。

マズイ……。
看護師を呼びに行ったほうが良さそうだけど、病棟と違ってここには誰もいない。
母を連れて病棟に行きたいけど、父を置き去りにするわけにもいかない。
父がトイレから出たら、すぐに母を病棟に連れて行こう。

そんなことを考えていると、母は私に詰め寄るようにして言いました。
「なんで黙ってる? ヤツらか? お前もヤツらにやられたのか?」
「いや、誰にも、何もやられていないから」
「そんなはずはない!」

早くトイレから出てくれ!
このときほど、父のトイレの長さを恨めしく思ったことはありませんでした。

【迷走編・第4回】父の異変。 その3については、こちらへ。

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