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親ケア奮闘記Part2【闘病編】

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【闘病編・第24回】独りになった父。 その11

お前、本当の孝治か?

「私はもう、終わりだ」
「え? 母さん、何だって?」
「さよなら」
ガチャン。

母との電話は、突然切れました。と言うか、母が受話器を戻してしまったようです。
当然、私の頭には「?」がいっぱいです。すぐにかけ直し、ナースステーションの看護師に再度取り次ぎを頼んだところ、「ご本人が電話に出たくないと言っています」とのこと。

母を怒らせるようなことを言ったのかとも考えましたが、何も思い当たりません。結局その日、私はまた眠れぬ夜を送ることになりました。

翌朝、父を連れて母が入院している病院に面会に。途中でスーパーに立ち寄り、自分たちの昼食のほか、母と一緒に食べようと母の好物のわらび餅を買いました。

面会室で待つこと数分。看護師に付き添われて現れた母は、無表情で何を考えているのかわからない感じです。
「母さん、調子はどう?」
「……」
「ちゃんと、ご飯食べてる?」
「……」

母は質問に答えず、私の顔をずっと見ています。気まずい空気を察したのか、看護師さんが「ちょうどお昼の時間になるので、こちらに持ってきますね。ご家族そろって食べてください」と席を外し、程なくしてトレーに載った昼食を運んできてくれました。

父は待ちきれない様子で、スーパーで買った寿司の盛り合わせのフタを開け、嬉しそうに醤油をかけています。私も、自分の弁当を食べる準備をして、ふと母の様子を見ると、まだ私の顔を見つめていました。

手を休め、母の顔を見つめ返すと、母はゆっくりと口を開きました。
「お前、本当の孝治か?」
「当たり前だろ」
「死んだんじゃなかったのか?」
「死んでたら、ここにいないだろ」
「でも、確かに死んだって……」
「誰が言ってたの?」
「……さぁ?」

頑張って。

ボソボソと話す母の話を根気よく聞いてみると、昨夜の電話中、幻聴で「私と父が事故で死んだ」と聞こえて、絶望したとのこと。

「母さん」
「ん?」
「手を出して」
母が差し出した右手を、私はゆっくりと両手で包み込みました。
「どう? 手を触られてるのわかる?」
「うん。あったかい……」
母の表情が、少しだけ和らいだように思えました。

そして数分後。私が促すと、母は自分の食事を少しずつ口へと運び始めました。とは言っても、入院するまでの数カ月、まともに食事をしていなかった母の胃腸はかなり弱っており、普通の人の半分も食べられなかったのですが。

とっくに寿司を平らげた父は、母が食べる様子を見ながら「良かったなぁ、母さん」と言って涙ぐんでいます。この日の面会は、幸い私にとってホッとするものになりました。

母に別れを告げ、病院を後にした私たちは、津駅へと向かいました。まとめて取った有給休暇も、この日で終わり。翌朝からはいつものように仕事に行かなければいけません。

一度、父にある程度のことをやらせてみようと決心したものの、いざ独りにさせるとなると、不安な気持ちがわき上がってきます。

「父さん」
「ん、何?」
「俺が大阪に行っても、ちゃんと規則正しい生活をしてね」
「はい」
「今日の分の晩飯は、この弁当を食べて」
「はい」
「風呂のお湯は、毎日新しいのに変えて」
「はい」
「何かあったら、Faxのボタンを押して、俺の携帯を鳴らしてね」
「はい」

くどくどと話をした後、別れ際に私は言いました。
「父さん、頑張って」
「まかせてちょー」

電車に乗った私は、不安を打ち消そうと、自分なりに精一杯過ごしたこの数日間のことを思い返しながら、大阪に帰りました。

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