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親ケア奮闘記Part2【闘病編】

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【闘病編・第19回】独りになった父。 その6

ワシもやったよ。

病棟に危険なものを持ち込んだりしないように、母の入院した病院では、着替えや身の回りのものを届ける際には、看護師たちのチェックを受けるという決まりがありました。

面談室を出て行こうとする看護師に、「あとで、詰め所のほうに行きますので、荷物のチェックをお願いできますか?」と頼むと、「はい」と、ひと言。
イスに座る母の近くまで戻ってしゃがみ込んで、「横井さん、やさしい旦那さんや息子さんで良かったねぇ」と話しかけて、母の背中を柔らかな手つきで撫でてくれました。

看護師が部屋から去った後、私は持ってきたバッグから荷物を取り出し、机の上に並べ始めました。歯磨きセット、箸やスプーン、ティッシュ、室内履き、着替え……。家から持ってきたもの、道中のスーパーで買ってきたものなどさまざまです。

「この間、荷物をまとめておいたバッグがどこかいっちゃったんで、いろいろと新しいものも買ってきたんだ」
「連中が持って行ったから……」
「いや、父さんか母さんが家のどこかに隠してるんだろうけど」
そんなことを話していると、父が自慢げに「名前書きとか、ワシもやったよ」と言いました。

そのときです、新しく買ったパジャマを手にしていた母の顔が、見る見るうちに強ばっていったのは。
「これは……なんだ?」
「ん? さっきスーパーで買ってきたパジャマだけど。その色とか、母さん好きでしょ?」
母は私の答えに反応せず、ほかの服や下着を次々と広げ始めました。
「これも、これも、これも……」
「母さん、どうしたの?」
「どうしたも、こうしたもあるもんか!」
大声を上げた母の目は、真っ赤になっていました。
「こんなバカみたいに大きく名前が書かれた服なんて、着られるはずないだろ!」

背を小さくされる。

私は、父に名前書きをまかせたことを後悔しました。
「ごめん、母さん。でも、名前を書くっていうのはこの病院のルールだから」
「こんな生き恥をさらすぐらいなら、着替えなんていらない」
「次からは、もっと目立たないようにするから許して。下着とかなら目立たないし、パジャマの上着も、ズボンの中に仕舞うようにすればわからないから」
「なんで、私の気に入っていた服にまで……」

そこへ、父が「上手に書けとるでしょ~」と口を挟みます。当然、母は怒り狂い、落ち着くまでしばらく時間がかかりました。

「母さん、いろいろと不便な思いをさせるけど、しっかり治療して早く退院できるようになってね」
「……あぁ」
興奮が収まったのを見てから話しかけたものの、今度は、「心ここにあらず」という感じです。
「どうした、母さん」
「『この部屋から病室に戻ったらいかん』と言ってる」
「え、誰が?」
「わからんけど、言ってる」
「それ、母さんにだけ聞こえる病気の声だから。あとで看護師さんを呼んであげるから、安心して戻っていいんだよ」
「お前はわからんから、そんな呑気なことを言えるんだ」

さっき、興奮したことが良くなかったんでしょうか。母の目つきも、明らかにおかしなものになっています。
「この部屋を出たら、手術される」
「手術?」
「そう、背を小さくされる」
「え、小さく? なんで?」
「そんなこと、わかるもんか。でも私は小さくなりたくない」

その後、いろいろと落ち着かせようとしたんですが、結局はうまくいかず、詰め所から看護師を呼んで母を病室に戻してもらうことに。

「イヤだ~! 行きたくない~!」
昨日と同じく、両脇を看護師たちに抱えられながら泣き叫ぶ母の姿は、私にとってもあまりに悲しいものでした。

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