お前なぁ……。
主治医が面談室を出たのと入れ替わりに、看護師がドアから顔を覗かせ、「かつ子さんをお呼びしましょうか?」と声をかけてくれました。
「あ、すいません。まだお昼を食べていないので、何か買ってきてからで良いですか?」
そう答えた私は、父を連れて病院の売店へと向かいました。
この病院の売店は、病棟と病棟の間、狭い中庭に面したところにありました。13時を過ぎているせいか、弁当は一つも残っていません。
「孝ちゃんが長いこと話しているから、食べもんが無くなってまったがね」と、父が責めるような口ぶりで言いました。
「あのなぁ……」
仕方がないので、売れ残りのおにぎりとパン、お茶と、コーヒー好きの母のために缶コーヒーを買うことに。
お金を払いながら、売店の店員に「この時間帯は、結構売り切れちゃうんですか?」と聞くと、「ここは、周りに店もないからねぇ。あんまり良い物も売ってないし、これからはどこかで買ってから来たほうがいいよ」と商売っ気のない答えが返ってきました
「はぁ」
「ここは、入院している患者さんが、買い物を楽しむための場所なんだよ」
店員によると、病棟からの出入りが厳しく制限されている閉鎖病棟の患者は、週に1回だけ看護師に引率されて数人単位でこの売店に買い物に来ることができるのだとか。毎日病棟にこもっていると、この貧相な売店ですら何物にも代えがたい楽しみの場になるようで、おかしやパンなどを争うように買うそうです。
あくまで治療の場なので当然なんでしょうが、これから母が送ることになる、娯楽の乏しい入院生活がうかがえるような気がしました。
孝治……、お父さん……、生きていたか?
売店から面談室に戻り、看護師に母を呼んでもらうように頼むと、私と父は昼食を食べ始めました。
おにぎりを頬張りながら、父が話しかけてきます。
「孝ちゃん、さっきのノートだけど……」
「あぁ、先生に渡したヤツがどうした?」
「あれ、もう書かなくていいですか?」
「うん。母さんが入院している間は、書かなくていいよ」
「良かったぁ」
「ん、何が良かったの?」
「毎日書くのが、面倒で面倒で」
「……ま、いいか」
そんな肩の力が抜けそうな会話をしていると、看護師に付き添われて母が面談室に入ってきました。
「孝治……、お父さん……、生きていたか?」
そうつぶやく母の目は、確かに私の方を向いているものの、私の身体をすり抜けて遠くを見つめるようでした。
「母さん、昨日はよく眠れた?」
「よく生きていてくれた」
「えっと……。ご飯もちゃんと食べた?」
「もう、会えないと思った」
「いや、あのね」
対応に窮している私を見かねたのか、看護師が声をかけてきました。
「昨日、入院されてから、しばらくは大声を出したりされていましたが、今日になったら少し落ち着いたご様子です。ただ、ご家族のことをひどく心配しておられて、ずっと『会いたい、会いたい』と言われていました」
「あぁ、そうなんですか。母さん、俺も父さんも大丈夫だから。ちゃんとご飯も食べているし、今日は母さんの着替えとかも持ってきたから」
「あぁ、ありがとう」
ようやく母とコミュニケーションが取れたことに安堵しながら、私は先ほど売店で買った缶コーヒーのフタを開け、母に手渡しました