親ケア奮闘記Part2【闘病編】

【闘病編・第17回】独りになった父。 その4

心のトラブル記録ノート。

私が取り出したノートは2冊。
これは母が精神科のクリニックに通い出した頃、実家に帰った際に両親と話し合いを行い、日々の出来事をメモさせるようにしておいたものです。

「誰かが家に忍び込んでくる」「何者かが家中に輪ゴムをまき散らして困る」
「向かいの家の子どもが、庭の砂利を大量に盗んでいく」
「リビングのテレビが見たこともない型のものに勝手に変わってしまう」など、あまりに突飛なことを必死に訴えてくる母と、まったく要領を得ない父の説明に困り果てた私は、両親にノートを1冊ずつ渡し、それぞれに日記を付けるように指示をしました。

母がなんらかのトラブルを感じているのと同じ時に、父が何も気がついていないのなら、それが妄想や幻覚であると母を説得する材料になると思ったからです。
また医師と話をする際にも、母の心のなかで何が起きているのかを伝えるのに役立つのではないかと考えていました。

普段、字を書くのが苦手な母と、とにかく面倒くさがり屋の父はそろって拒否しましたが、母の言っていることが妄想なのかどうかを把握するために必要なのだと力説し、半ば強制的に書くことを約束させました。
しかし思ったより病状の重かった母は、クリニックには数回しかお世話にならなかったので、これまでこのノートを誰かに見せる機会はありませんでした。

ノートを見せながら主治医にこれまでの経緯を説明すると、かなりの関心を覚えてくれたようで、「ぜひ預からせてください。私も長いことこの病院で働いていますが、 家族でここまで親御さんのことを考えておられる方は初めてです」と言ってくれました。

最後に一つお願いがあります。

まず最初に母の日記を手に取った医師は、数ページをパラパラと拾い読みをすると、「やはり、精神的な症状が強く現れていますね」と言いました。
「被害妄想、幻聴などが随所に見られます。この日とか、何があったか気になりますね」
医師が指を差したページには、ミミズの這ったような字で「どんなことをしてでもトリカエサナケレバ」と1行だけ書かれていました。

「こういうときはお父さんの日記の同じ日を見れば、いいんですよね」
そう言って父の日記を開いた医師は、すぐに落胆したような表情になりました。

父の日記は、ほとんど毎日同じ内容のことしか書かれていなかったからです。
日記を書くように私が説得した際、
「箇条書きで、その日にあったことを書くだけでよいから」と言ったのを自分の都合の良いように解釈したのか、次のような言葉が並んでいるだけです。
・○時、起床
・テレビゲーム
・昼食
・夕食
・入浴後、寝る

良いように考えれば、ごく平穏な日々を過ごしているようでもあるのですが、クリニックに通院した日や、私が帰省していろいろ話し合いを行った日でさえ、そのことについての記述は満足にされていませんでした。

日記を書かせ始めてしばらくした頃、一度、父に注意したことがあるのですが、「はい、すみません」と頭を下げるだけで、あまり改善はされませんでした。
あえて言えば、私が帰省した日には次のような言葉が書き足されるようになったぐらいです。
・孝ちゃん、来津
・マックスバリュで買い物

医師との間に一瞬気まずい空気が流れましたが、私の表情やこれまでの父の言動から状況を悟ってくれたのか、「えぇ、お父さんの日記はともかくとして、お母さんの日記はこれからの治療を考えるのに非常に参考になります」とフォローのひと言。

そうこうしているうちに医師を呼び出す内線が鳴り、医師が退席することに。
面談の最後、私はどうしても医師に伝えたいことがありました。
「先生、失礼を承知で最後に一つお願いがあります」
「何でしょうか?」
「この病院には多くの患者さんがおられますし、先生も多くの方を担当されていることと思います。
でも私にとって母は、この世でたった一人の大切な母なんです。よろしくお願いします」

私の言葉を聞いた医師は力強く頷き、「息子さんの気持ちは確かに受け止めさせていただきました。
他の患者さんと特別扱いすることはできませんが、少しでも早くお母さんの状態が良くなるよう、全力を尽くすことを改めてお約束します」と、言ってくれました。

【闘病編・第18回】独りになった父。 その5については、こちらへ。

関連サイト

  • おやろぐ
  • あなたの会社専用の介護ポータルサイトを構築するサービス『KAIGOW(カイゴウ)』

スポンサーサイト

スポンサードリンク