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親ケア奮闘記Part2【闘病編】

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【闘病編・第15回】独りになった父。 その2

他人の世話になるなんて情けない。

「孝ちゃん、他人を家に入れるなんて、とんでもないがや」
「え?」
「ワシは孝ちゃんが何でもやってくれると思ってたがや」
「おい」
「他人の世話になるなんて情けない」
「ちょっと待て」

私は父の剣幕に驚きながらも、仕方なく話に付き合うことにしました。父の言い分は、概ね次のようなものでした。
・自分は一人でやっていきたい。他人の世話にはなりたくない。
・毎日、おいしいものを食べたい。
・家事はすべて私にやってもらいたい。
・週に一度は母の顔が見たい。

「週イチで母さんの面会に行くのはともかくとして、残りを全部かなえるのは難しいなぁ……」
「なんでぇ? ワシは孝ちゃんにまかせるって頼んだがね」
「父さんの好き放題を全部認めるとは言ってないだろ」
「こんなの、ダマされたようなもんだがね」
「じゃあ、洗濯や掃除ぐらい、少しは覚えて自分でやろうとは思わないの?」
「そんなくだらんこと、イヤだがね」
「いい加減にしろよ!」
「とにかく、イヤなもんはイヤだがね!他人が家に来たら、全部追い返すがね!」

こんなどうしようもない話を聞いているうちに、朝の貴重な時間がどんどん過ぎていきます。私はこの場で問題を解決するのを諦め、結論を先送りすることにしました。最悪、情報収集は大阪から電話で行う羽目になるかもしれませんが、病院の母に荷物を届けたり、主治医から詳しい話を聞くほうが重要です。

「とりあえず、出かけるから車を出す準備をして」
「ワシの言うこと、わかってくれたか?」
「後でまた考えてやるから、とにかく準備をしてくれって」
「やっぱり、孝ちゃんにまかせて良かったがや。安心したらウンコしたくなってきたから行ってくる」

このほうがわかりやすくて良いがね。

あくまでマイペースな父がトイレに向かうのを見送った私は、簡単に掃除機を掛けたり、母に届ける荷物の不足分をリストアップしました。父は昔からトイレが長く、30分以上籠もるのも珍しくありません。細々とした用事をすべて終わらせ、車に荷物を詰め、父のジャンバーを手に待っていると、ようやく父が出てきました。

「さぁ、行こうか」
「ちょっと待って、孝ちゃん。ワシ、温かいお茶を飲んで一服したいがね」
「途中、スーパーで買ってやるから我慢しろ」
渋る父を車に押し込み、私たちは病院へと向かいました。

実家から母が入院している病院までは、車で約1時間。途中、国道沿いの大きなスーパーに立ち寄り、不足分の着替えやスリッパ、洗面用具を買い込みました。車内に戻った私は買ってきたものを引っ張り出し、ハサミで値札を取り除き、持ってきた油性マジックで衣類のタグなどに「ヨコイ」と書き始めました。昨日、病院から渡された注意書きに、身の回りのものにはすべて名前を書いておくように指示があったからです。

「孝ちゃん、もう1本マジックある?」
「ん、あるけど」
「ワシも手伝うがね」
「ありがとう、じゃ、そっちよろしく」

自分の分に名前を書き終わり、ふと顔を上げると、父がトレーナー前面のすそに5cm角ぐらいの大きさで「ヨコイ」と書いていました。
「なんで、そんなところに書いちゃうの?」
「このほうがわかりやすくて良いがね」
父にまかせた分は、どれも同じように「ヨコイ」と力強く書かれていました。
「……母さん、怒るんじゃないかなぁ」
「大丈夫だがや」

そんなことをしながら、ようやく病院にたどり着いたのは、12時をまわった頃でした。

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