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親ケア奮闘記Part2【闘病編】

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【闘病編・第10回】入院の日。 その4

母の状態は……?

診察室に入った私を見た医師は、「息子さん?」と尋ねてきました。私は「はい」と答え、遅くなったことを詫びました。

「母の状態はいかがでしょうか?」
「現在は見ての通り、落ち着いていらっしゃいます」
「こちらの病院に来院したとき、取り乱したりはしていませんでしたか?」
「朝、電話をいただいてから、当院のほうでもそれなりの体制を取っていたのですが、警察の方と一緒にこちらに来られたときには、特に騒いだりと言うこともありませんでした」

「……はぁ、そうですか」
私は大事に至らなかったことに安堵するとともに、その日の朝からの騒ぎは何だったんだろうと思っていました。そんな私の気持ちを察したのか、医師は説明を始めました。

「本人に病識がある場合は良いのですが、そうでない場合は入院の際にトラブルになることは珍しくないんです」
「病識……?」
「えぇ、自分が病気であることを本人が認識していることを、病識と言うんです。心の病気の場合、これが難しい人が多いんですよね」
「母の場合、クリニックなどでも『しっかり病気を治したい』などと話していましたが」
「えぇ、横井さんの場合、周囲の説得などで自分が病気であることをある程度理解している反面、病気の影響などから『自分だけが真実を知っている』などと思いこんでしまっている部分があって、その振り幅が激しいようですね」
「予定通り、入院・治療をお願いできるのでしょうか?」
「もちろんです。ただ、先ほど基本的な身体検査などを行ったのですが、肉体的にもかなり衰弱されているようなので、まずそこを調べてからですね」
「よろしくお願いします」

3人の医師のなかでおそらく一番偉いであろう医師と私が話している間、母は別の医師たちに優しく声を掛けられていました。
「立派な息子さんじゃないですか」
「心配を掛けないように、この病院でしっかり治しましょう」
母はそれぞれに対して「はい」とうなずいていました。

薄暗い院内。

「家内は、いつぐらいに退院できるんでしょうか?」
それまで黙って座っていた父が、急に口を挟んできました。
「今日、ここに来られたばかりなのでなんとも言えませんが、まずは3カ月ほど様子を見させてもらうことになるでしょうね」
「そんなに長くですか?」
「ええ、心の病気の場合、薬による治療が主となるんですが、急にたくさんの薬を使うと副作用などが怖いですし、同じ薬でも人によって効き方が異なるので、少しずつ種類や量を調整しながら、状態を観察することが大切なんです」
「家内がいないと、困るんですが」
「え?」

「父さん!」
私は父を無理矢理黙らせると、医師に向かって頭を下げ、父に目を向けました。
「父さん、母さんが一生懸命病気と闘おうとしてるのに、自分から心配を掛けるようなことをしちゃダメだろ。今は、母さんが早く良くなるように、みんなで力を合わせよう」
「はい、すいません……」
内心「また適当に頭を下げやがって」と腹を立てながらも、私は医師のほうに向き直り、父の非礼を詫びました。

「いや、ご主人が心配される気持ちもわかりますし、私たちも最善を尽くしますので」
「すいません、よろしくお願いします」
「横井さんの場合、ご本人が完全に入院に同意できている状態ではないので、医療保護入院の手続きをさせていただきます。必要な書類などは病棟のほうで署名・捺印いただけば結構ですので、そちらでお願いできますか?」

診察室を出た両親と私は、一番若そうな医師に先導されて、病棟へと向かいました。改めて院内を見まわすと全体に古くて薄暗く、そして殺風景な感じです。
「ここは戦前からの建物なので、老朽化が進んでいるんです。数年後には新しく建てかえになる予定なんですが……」
そんな医師の言葉を聞きつつ、こんな寂しい感じのところに母を一人で入院させることに対し、私の心は沈んでいきました。

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