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親ケア奮闘記Part2【闘病編】

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【闘病編・第9回】入院の日。 その3

「はい。横井さんの携帯です」

11時頃に会社を出た私は、駅に向かう道中で父の携帯に電話をかけました。
「はい。横井さんの携帯です」
父に代わって電話に出たのは、聞いたことのない男性。こちらが誰かを聞く前に、「三重県警の○○と申します。今、お母さんを連れて、もうすぐ○○病院に着くところです」との回答。先ほど電話で話した警官と一緒に、二人で母を迎えに行ったこと、運転中の父に代わり電話に出ていることなど、テキパキと説明してくれました。

「母の様子はいかがでしょうか?」
「私たちがお宅に伺った際には、玄関のところで放心したような感じで座っておられました。『息子さんから連絡をもらいました。一緒に病院に行きましょう』と話したら、素直に聞いてもらえましたよ」
「そうですか、ありがとうございます。今はどうしているのでしょうか?」
「私の横で、じっと座っておられます」
「もし良かったら、母と電話を替わっていただくことはできませんか?」

ほどなく、母が電話に出ました。
「……はい」
消え入りそうなほど、小さな声です。
「母さん、大丈夫か?」
「……孝治か?私はもう終わりだ」
「どうしたの?少しの間、入院して気分を切り替えて、しっかり治そうって、この間も話したじゃない」
「お前は何も知らないから、そんなことを言う」
「とにかく、俺も大阪を出て病院のほうに向かうから、待っててね」
「……来なくていい。お前まで殺される。」
「そんなことはないから。電話、お巡りさんに替わって」

再び電話に出た警官に、私が病院に着く予定の時間などを話し、病院に伝えてもらえるようにお願いしました。

雨の中の放浪。

会社のあるところから電車を乗り継ぎ、病院の最寄りの駅にたどり着いたのは14時30分過ぎ。いつもなら本を読んだり、ウトウトと休みながら過ごす近鉄の車内でも、このときばかりは焦る気持ちを抑えられず、何回も繰り返し腕時計を見ていました。

私が降り立ったのは、普通電車しか停まらないひなびた駅。急な雨が降ってきたので、駅の売店か、駅前のコンビニで傘を買おうと思ったのですが、そんな気の利いたものはありません。駅前にはタクシー乗り場どころか、公衆電話すら見あたらず、タクシーを呼ぶこともできません。覚悟を決めた私は、○○病院に向けて雨の中を歩き始めました。

しかし、事前に地図で調べてはいたものの、想像以上に道がわかりにくく、大きな病院のはずなのに、なかなかその場所が見つけられませんでした。途中、民家などで道を聞こうとも考えたのですが、目につくのは、寂れた倉庫や畑、林、どぶ川などで、人の気配自体がありません。何か非現実的な世界に迷い込んだような気になる私を現実の世界に引き戻したのは、皮肉にも体温を奪い続ける雨でした。

実際の時間では20分ちょっと、私の感覚的には1~2時間ほど歩き回り、ようやく病院への入り口を発見。病院内に入ったのは15時近くになっていました。警官に電話で伝えたのより、1時間近く遅くなってしまいました。

受付で、今日から入院する者の身内であることを伝えると、「あぁ、警察の人と一緒に来られた横井さんのご家族さんですか」との反応。何も間違ったことは言われていないのですが、あまり良い気分はしません。

さらに話を聞くと、どうやら医師が3人がかりで母の診察を行っているとのこと。古くて広い病院のなかを教えたもらった通りに歩くと、診察室がありました。ノックをして入室した私の目に飛び込んできたのは、医師に何かを真剣に訴えかけている母の後ろ姿でした。

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