親ケア奮闘記Part2【闘病編】

【闘病編・第1回】初診日の朝。

毎日元気です。

母が病院に行くことに同意をしてくれてすぐ、私は精神科の病院について調べました。
評判の良い病院はないかとインターネットで検索してみたのですが、なかなか適当なWebサイトが見つかりません。
結局、私が付き添う際の便利さなども考え、タウンページで見つけた駅前のクリニックを予約しました。

大阪に戻った後も、私は仕事の合間を縫って毎日母に電話をかけました。
もともとプレッシャーに弱い性格の母は、どうにも不安が抑えきれないようで、「やはり病院に行ったら大変なことになる」
「病院に行っているうちに家財道具をすべて盗られてしまう」などと訴えかけてきます。

それでも私が「約束は約束。守るって言ったのは、母さんでしょ?」と言うと、「うん、それはわかってる……」と、不承不承ですが同意してくれました。

もちろん、父ともいろいろと電話で話をしました。
「毎日元気です。母さんもかなり落ち着いた様子です」
「……いや、さっき話した感じだと、結構不安そうだったけど」
「ワシが付いているから、大丈夫です」
「それも信用できないなぁ」
「病院なんて、行く必要ないと思います」
「それはダメ。母さんにいらんこと言うなよ」
大体こんな感じで、見事に話がかみ合ってないですね。(苦笑)

後でわかったことですが、実はこの時期、母の精神状態はかなり悪化しており、近所の人の家を何回も訪ねて「毒入りの風呂に入りますから、家財道具を返してください」とお願いしていたそうです。
今思えば、よく通報されなかったなぁ、と思います。
それと、こんな状況でも父にかかれば「何も問題のない、平和な毎日」になっていたわけで、これもある意味スゴイかもしれません。

父さんが死んだから……。

初診日、有休を取った私は早朝の電車で大阪から津へ移動し、タクシーで実家へと向かいました。
本当なら津駅で合流したかったのですが、ナーバスな状態の母が心配だったこと、父がちゃんと母を連れて来てくれるか不安だったことから、自ら迎えに行くことにしたのです。

正月休みが終わってから10日も経っていなかったのですが、実家はやはり荒れた感じになっていました。
ダイニングテーブルには、いつのものかよくわからない、食べかけのご飯が置かれています。
ふと気になって炊飯ジャーを開けてみると、変色したカチカチのご飯が、あふれんばかりに詰まっていました。

ほかにもいろいろと気になるところがありましたが、この日の最大の目的は母を病院に連れて行くこと。
私は努めて明るく、両親に話しかけました。
「お待たせ。予約した時間には少し余裕があるけど、保険証を持って出かけようか」

母の顔つきは、完全に強張っていました。
「それがダメなんだ」
「どうして? 約束したじゃない」
「確かに約束は約束だけど、父さんが死んだから……」
「え?」

母の横には、父が所在なさげに立っていました。
「父さん。これ、どういうこと?」
「なんか知らんけど、何日か前からワシが死んだ、ワシが死んだと言うようになって、一緒に葬式用の写真を撮りに行かされた」
「……」
「ワシはもう、どうしていいかわからんので……」
「毎日、電話で『何もなかった。元気だ』って言ってたよね?」
「すいません……」
「……いや、もういいから」

私は母に向かい、もう一度話しかけました。
「母さん。いろいろと心配なことがあるのかもしれないけど、 今は取りあえず息子である俺のことを信じてくれないかな?
 なんでこんなに不安が出てくるのか、専門家に相談してみよう」
「……わかった。孝治がそう言うなら」

実家に迎えに来て良かった……。
内心ホッとしながら、私は心からそう思っていました。

【闘病編・第2回】クリニックへの遠い道。については、こちらへ。

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