
【闘病編・第11回】入院の日。 その5
老人性精神病。
自分自身を病気だと正確に認識できていない母が入院することになったのは閉鎖病棟。 薄暗い廊下、殺風景な中庭を抜けてたどり着いたのは、 いくつかあるこの病院の病棟のなかでも、ひときわ傷んだ建物でした。 入院前の最終チェックに連れて行かれた母と別れ、 私と父は、やたらとシミが目立つコンクリートむき出しの壁と、 ところどころヒビ割れたピータイルの床の3畳ほどの小部屋に案内されました。
ほどなく現れた病棟の看護師から、 入院に当たっての諸注意や必要なものなどを聞き、 何枚かの書類に署名と捺印をして入院の手続きは終了。 手渡された書類のなかには医師が書いた入院計画書も混ざっており、 そこには「病名:老人性精神病」と記されていました。
母の状態は、年を取ってボケただけなんだろうか? まだ60代前半なのに、ここまでボケてしまうことはあるんだろうか? そもそも母の症状は、精神分裂病(現・統合失調症)によるものと酷似しているのでは……?
そう疑問に思った私は、目の前にいる看護師にそのまま疑問をぶつけたのですが、 「病名についての詳しいことは、ドクターでないとわかりません」との回答。 明日、母の荷物などを届けに来る際、主治医となる方といろいろお話ししたいとお願いして、 時間などの約束を取り付けました。
やがて、病衣に着替えた母が部屋に入ってきました。
助けて! 孝治、助けて!
「母さん、お疲れ様。この病院でゆっくり休んで、早く治そうね」 明らかに落ち着きがなく、強ばった表情をしている母に、そう話しかけると、 「孝治、私はもうおしまいだ」と答えました。
「なんでおしまいなの? 今日からが治療のスタートでしょ?」 「お前は本当に何もわかっていない!」 「母さん、そんなに興奮しないで」 「こんなところに連れてこられて、死んだほうがマシだ!」 母の興奮は、次第にエスカレートしていきました。
「父さんと2人でグルになって、私をどうするつもりだ!」 「早く元気になってほしいだけだよ」 「私が何をしたっていうんだ!」 「それはまぁ、いろいろと問題を……」 「うるさい、うるさい、うるさい……!」
見かねた看護師が、 「今日はそろそろ、病室で休んでもらったほうが良いですね」と声を掛けてきました。 「あ、はい……」 この状況では、私も拒むわけにはいきません。
「イヤだイヤだ、私は家に帰る!」 首を振り、動こうとしない母は、2人の看護師に両腕を抱えられ、 強引に病室のほうへと連れて行かれます。 「助けて! 孝治、助けて!」 涙をこぼし、叫ぶ母の姿を見つめながら、私もまた涙をこらえることができませんでした。
それから5分、10分ぐらいが過ぎたでしょうか。 小部屋に戻ってきた看護師は、私と父に向かってこんな話をしてくれました。 「今はご家族の方も本当につらいと思いますが、あの状態の患者さんがご家庭で過ごされて、 快方に向かうことはありえません。私たちナースもできる限りのことをさせていただきますので、 どうか私たちを信じて、今日はお引き取りください」 私はただ頭を下げて、母のことをお願いするのが精一杯でした。
(続く)
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