
【発端編・第18回】見失っていたもの。
今まで何を見ていたんだろう……。
正月休みを終え、大阪へと戻る私は不安でいっぱいでした。 私がいなくなる日が近づくごとに、母の調子が明らかに悪くなっていったからです。 一緒に話をしていても視線は定まらずにキョロキョロと周囲を窺い、何かにおびえています。 また、食事を勧めてもなかなか箸を付けようとせず、 立ったままでひと口食べてはウロウロと家の中を歩き回ろうとします。
「少しは落ち着いて、座って食べたら?」 そう声をかけた私に、 「これが落ち着いていられるかっちゅーの」と、 無理矢理冗談めかして返答する母の姿は、痛々しいものでした。 調子が悪いなりに、私に心配をかけたくない気持ちが伝わってきます。
父はと言うと、これまた相変わらずでした。 着替えたあとの下着などはそこらに脱ぎ散らしたまま。 食事なども自分で手伝うそぶりなど微塵もなく、 時間が来たら「お腹が空いた」「そろそろご飯の時間です」などとアピールするだけ。 もちろん、掃除をするなどという発想は、どこをどうやっても出てきそうにありません。
……今まで自分は何を見ていたんだろう。 数日間にわたって両親とベッタリ一緒に付き合ってみて、私はさまざまなことを考えさせられました。 大学に入って独り暮らしを始めてからは、年に数回実家に帰省するものの、 基本的には“お客さん”待遇だったし、私自身も友人と遊ぶほうが楽しいこともあり、 父と母が毎日どんな風に過ごしているかなんて、気にしたこともありませんでした。 でも、ごく普通の日常生活を維持するためのほとんどすべてが、 小さな母の肩にかかっていたのです。
父は若かった頃、あまり家庭を顧みることなく、 母は金銭面や父の女性関係など、苦しい日々を過ごしてきました。 幼い頃の私も、父が母を殴っているのを止めに入ったり、 母と二人きりのときに「一緒に死のう」と言われて泣いて止めたりと、 あんまり思い出したくないような経験をしています。 そんななかで母に守られ、育ててもらった私ですが、 大人になり、結婚して、自らに子どもができるという歩みのなかで、 いつしか大切なものを見失っていたようです。
お前との約束は守る。
父が運転する車で駅まで送ってもらった私は、 「母さん、また電話するね」と声をかけました。 「うん……。楽しみに待ってる」
すると、横から父が口を挟みます。 「孝ちゃんからの電話をもらうと、勇気100倍です」 「いや、まぁ、それは良いんだけど。 とりあえず『元気』とか『大丈夫』とか嘘をつくのは止めてくれ」 「なんでそんなこと言うの。ワシは嘘なんかついたことないがや」 やはり、私にでたらめな報告をしているという自覚すらないようです。
そんな父を無視して、私はまた母に話しかけました。 「いろいろと心配なことがあるんだろうけど、これからは俺がついてるから。 一緒に病院に行って、どうすればいいか相談してみよう」 母は落ち着かない表情のままで、 「病院なんて行って、本当に大丈夫か?」と答えます。 「うん、大丈夫。母さんは、何があっても俺との約束は守ってくれるよね?」 「そうだな、孝治との約束だもんな……」 一瞬、間が空いたあと、母は私をしっかりと見つめて言いました。 「心配するな。お前との約束は守る」
こうして私は、大阪へと戻りました。
大阪に向かう電車の中で久しぶりに携帯のメールを確認した私は、 ドッサリと溜まった広告メールに紛れて三重に住んでいる旧友たちからの 「一緒に飲もう」というお誘いに気づきました。 そう言えば、例年なら1回や2回は飲み会をやっているはずです。 親の状況が読めなかったので、 いつ帰省するかすら、友人たちに連絡できていませんでした。
携帯を閉じながら、私は心の中で友人たちに詫びました。 「ごめん。しばらく会えそうにないや」 (発端編終わり。次回より闘病編が始まります)
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