
【発端編・第11回】すき焼きの思い出。
家族ですき焼き。
私が生まれ育った三重県津市は、松阪牛の産地。 年末になると有名な精肉店の前に1時間近く並んで特上の牛肉をたっぷりと買い、 家族そろって健康に年を越せることを祝いながら すき焼きを食べるという風習があるところです。※ 当然、私も幼い頃から両親と一緒に牛肉を買いに並び、 毎年すき焼きを食べて大晦日を過ごしていました。
母に起こっている事態を考えると呑気な感じもしますが、 「そろそろ年末だな」と思ったときに私の頭に浮かんだのは、すき焼きのことでした。
滅多に料理をしない私がすき焼きを作る姿をニコニコしながら見ていた母。 溶き卵を入れた小鉢にすき焼きを取り分けてあげると、 ちょっとおどけて受け取っていた母。
いろいろな不安で苦しんでいる母も、家族みんなですき焼きを食べている間ぐらいは 楽しい気持ちになってくれるのではないか……そんな期待も少しはありました。
いつものように仕事の合間に実家に電話をして、年末年始の帰省のことを伝えると、 それまで穏やかだった母の声が急に堅いものに変わりました。
お前の家族はニセモノだ。
「絶対に帰ってきてはいかん!」 「え?」 「命に関わる! とんでもないことになってしまう!」 「あ、いや、そんなことは……」 「孝治が奥さんや子どもと思っている二人がいるだろう?」 「……思っているって言うか、何を今さら」 「あれはニセモノだ」 「え?」 「その証拠に、その子どもとお前は全然似ていない」
ここで少し補足しておきたいのですが、私の子どもはどちらかと言うと妻より私に似ています。 そして何より、生き写しかと思うほど母にそっくりです。
「何、言ってるんだよ。同じ家族に対して」 「孝治は騙されているだけだ。 そんなヤツらを連れて帰ってくるぐらいなら、二度とうちの敷居をまたがせない!」
しばらく押し問答をしたものの、どうしても帰ってくるなら一人で来いとのこと。 こんな状況の実家にまだ幼稚園の娘を連れて行くわけにもいかないので、 妻に事情を説明して私は単身で帰省することにしました。 (続く)
※最近、家庭によっては正月にすき焼きを食べるところも多いようです。
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