
【発端編・第2回】荒れ果てた実家。
薄れかけていた危機感。
平成13年の夏から秋にかけて、 私は不安な気持ちを抱きつつ、日々の仕事に追われていました。 実家から電話がかかってくることは一度もなく、 私から毎日のよう電話してみても、両親はなかなか出てくれません。 たまに父親が出て、「これから風呂に入るところだ」とか「昨日は外出していた」と言うぐらい。 母親に代わってもらうように頼んでも、 「今は、横になって休んでいる」と言って、取り次いでもらえませんでした。
連日のように深夜まで働いていた私は、忙しさに紛れて、 いつしか「あの夏の夜、母が泣き叫んでいたのは、何かの間違いではないか?」などと 思い始めていました。
また、言い訳みたいになってしまいますが、平成10年夏に生まれた私の娘が3歳となり、 ちょうどかわいい盛りだったことも判断を鈍らせました。 「たまに仕事を休める日は、娘と一緒に遊んでやりたい」と思い、 限られた自分の自由になる時間を、娘と過ごすことに費やしていたのです。
きれい好きだった母。それなのに……。
大きな仕事に区切りがつき、私が三重の実家に帰省したのは、 結局11月に入ってからでした。 いつもなら駅まで両親が車で迎えに来てくれるのですが、 前日に電話したところ、父が「明日はタクシーで来てほしい」と言うので、 ちょっとイヤな予感がしたのを今でも覚えています。
実家にたどり着き、玄関を開けた私の目に飛び込んできたのは、 乱雑に脱ぎ散らかされた靴やスリッパ、干からびてしまった観葉植物、 そして室内に目を移すと、ごちゃごちゃに固められた衣類やタオル、 食卓の上には汚れた食器……。 神経質なほどきれい好きだった母を知る身としては、目を疑うような光景です。
言葉を失っている私に、奥の部屋から疲れた顔の父が現れ、 「お帰り」と声をかけてきました。 何があったのか父に尋ねようとして、父の陰にいた母の姿を見つけた私は、 もっと大きな衝撃を受けることになりました。 (続く)
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